『「進歩」を疑う なぜ私たちは発展しながら自滅へ向かうのか』 スラヴォイ・ジジェク著 早川健治訳を読む。
「ここではヘーゲル流の思考法を採用しよう。進歩とは、あらかじめ設定された目標に向かって一直線に近づいていくことではありえない。「進歩」の名にふさわしい一歩が踏み出されるたびに、進歩の概念が画期的に再定義されるからだ。日本の哲学者の斎藤幸平は、エコマルクス主義において先駆的な貢献をした。そこで斎藤が論証しきっているように、今日、本当の意味での進歩を実現するためには、イデオロギーだけでなく実生活のレべルでも支配的な既存の進歩の概念に対して、しっかりと疑問を突きつけていかなければならない」
健在。斎藤“人新世の「資本論」”幸平を取り上げている。
「斎藤幸平のエコマルクス主義」とは、「脱成長コミュニズム」だと。そして、こうも。
そも「資本主義は人間の欲望の基本的な逆説を取り入れて機能する」
「斎藤が思い描く社会では、欲望はその構成要素である過剰性を失い、自己制限によって充足される。広告宣伝や贅沢し好品もどんどん撤廃されていく」
それに人間は耐えることができるか。NHK大河ドラマ『べらぼう』での松平定信の「寛政の改革」を思い浮かべる。
加速主義*について。
「加速主義は楽観的すぎる。プロセスに関する認識が甘いからだ。ポスト政治的なシンギュラリティへと到達するまでに、人類はより差し迫った自己破壊の可能性と向き合う必要がある。そこでは自然環境の破局や地球規模の戦争、そして社会の混乱が待ち受けており、政治が鉄槌をふるうだろう。―略―ポストヒューマンな未来と呼ばれるものは幻想だ。それは相変わらず(人間の)有限性と至死性に根ざしており、人間が有限で死に至る存在であり続けることがその発生条件となっている」
「ランドの「闇の啓蒙思想」という言葉の選択は理に適っている。絶え間ない進歩の論理こそ啓蒙思想の骨子であり、加速主義はそれを極限の終着点までもっていくからだ。加速主義が終わりを望むとき、それはまずもって既存の政治の終わりを指す」
んでもって、改めてネガティブ・ケイパビリティの必要性、重要性を感じた。
ま、思いつきだけど。
訳者あとがきから引用。
「ジジェクの思想と実践」
「1哲学 ヘーゲルとラカンを筆頭に、カント、ハイデガー、マルクス、そしてフロイトからの概念群が用いられる。西洋哲学の古典や近代哲学、そしてポストモダニズム思想の各潮流にも頻繁に言及がある。
2時事 原稿執筆当時から1年以内くらいの範囲で起こった出来事が分析される。
3文化 映画や音楽、小説や美術に加え、ジョークや政治、宗教や歴史を含む広義の文化が参照される。加えて、近年では量子物理学や進化生物学のような、自然科学の分野への言及、そして西洋以外(特にアジア)の文化や宗教への言及も増えてきた。」
的確。これからジジェクの本を読みたい人の参考になる。
*加速主義
「加速主義(かそくしゅぎ、英: accelerationism)とは、既存のシステム内を不安定化し根本的な社会的変革を生み出すために、現行の資本主義システムの過激な成長、急進的な技術革新あるいは各種インフラの解体といった、「加速」と称される社会変革プロセスの過激化を要求する左翼に起源を持つ右翼的な革命的反動思想である。」(加速主義 - Wikipediaより)
