作者曰く「SFの醍醐味とは、パスティーシュではないか」と

 

 

ガーンズバック変換』陸秋槎著 阿井幸作訳 稲村文吾訳 大久保洋子訳を読む。

 

いわゆる華文ミステリの作者がSFにトライ。パスティーシュ、オマージュ、パク〇、引用などなどさまざまな隠し味が効いている短篇集。オタク系からアカデミックなものまで腐女子的引き出しが多くて感心した。4篇を紹介。

 

サンクチュアリ
「わたし」は、有名ファンタジー作家グリンネルのゴーストライター。わずかな梗概をふくらませて作品に仕上げる。かなり骨が折れる仕事だが、名前が出ることはない。すべては生活のため。以前は自分名義でファンタジー小説を刊行したが、売れなかった。
歯科診療所で親知らずを抜歯したわたし。そこで小冊子を手にする。「最善主義の創始者である脳科学者サミュエル・アブリ」の冊子。彼は「液浸療法を発明」。それにより「他人の苦痛から快感を得ることができなくなる」。グリンネルも信奉者の一人だった。信仰と引き換えに作家の命である独創的な創造力を喪失してしまった。


『ハインリヒ・バナールの文学的肖像』
19世紀末ウィーン、当時の売れっ子作家、劇作家ホーフマンスタールに一方的に敵愾心を抱いていたハインリヒ・バナール。義父の後を継いで医師となってからも詩や小説を発表したが、芳しくなかった。上映時間4時間もの戯曲『聖女リドヴィナ』、ユイスマンスの『腐爛の華―スヒーダムの聖女リドヴィナ』で知られるが、カール・クラウスから酷評される。

しかし、彼は創作活動を諦めず、1930年代にはもっとも「荒唐無稽な空想科学小説」の書き手として知られるようになる。ナチス・ドイツヒトラーを憎み、タイムマシンでヒトラーを暗殺するという戯曲は発禁となり、以後ナチスの監視下となる。

って100パー作者の虚構(偽伝記)だけど、その陳腐さつーかダサさが魅力的に思えるほど。『アマデウス』のモーツァルとサリエリの関係を思いだした。もっとも、実際のサリエリは決して凡庸な作曲家ではなかったようだけど。長篇でもいける素材ではないだろうか。小川哲とか佐藤亜紀とか、ローラン・ビネとか。そんな感じの作品になるかもね。

 

ガーンズバック変換』
悪しき(?)香川県ネット・ゲーム依存症対策条例をネタにした作品。香川県の少年少女はふだん携帯電話と言えばガラケー。そしてガーンズバック変換メガネをかけなければならない。スマホでネットの情報を見ることはできない。香川県から大阪へ遊びに来た女子高生・美憂。いざスマホを使ってみると。で、ネタのもう一つがなんとアニメ『電脳コイル』。ガーンズバック変換メガネを製造している企業の正体…。サイバーパンク風味がカッケー。

 

『色のない緑』
現在ジュディは機械翻訳でドイツ語の犯罪小説の脚色をしている。帰宅後、エマからのボイスメールが来ていた。モニカが自殺したという知らせ。3人はかつて機械翻訳を研究する仲間だった。将来を嘱望されている若手計算言語学者となったモニカ。葬儀に参列する。墓地には彼女の死について捜査している刑事がいた。写真を見せる。液体ハードディスクだった。毒といわれるこの溶液を飲んでモニカは自殺したと。チョムスキーの「色のない緑の考えは猛烈に眠る」がキーとなる。
ところが、モニカは自殺ではなかった。なあんて、因果関係を加味すると、たちまち百合SFは百合ミステリになってしまうが。

 

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