失われし作家を求めて

 

 

『人類の深奥に秘められた記憶』モアメド・ムブガル・サール著  野崎 歓訳を読む。

 

引用と剽窃、パクリは紙一重。素晴らしい作品とてパクリ疑惑がかけられれば、作品はおろか、版元、作家まで命取りとなってしまう。

 

1938年、フランスで刊行された同郷・セネガルの作家、T.C.エリマンの『人でなしの迷宮』もそうだった。小さい頃セネガルの牧師に才能を認められ、フランス留学を叶えた、いわばエリート。


デビュー作は版元も傑作だと認めるが、やはり、パクリの箇所が気になって修正を求める。しかし受け入れないエリマン。

 

主人公ジェガーヌは作家の卵。レア本『人でなしの迷宮』を運よく手に入れ一読、深い感銘を受ける。長いこと行方不明となっているエリマンのその後の人生を知りたくて細い糸をたよりに調べ始める。

 

『人でなしの迷宮』を批判したレビューを書いた7人のうち、なんと6人が自殺したというあたりから、読むスピードがさらに速くなった。あ、ミステリーではないのでアフリカの黒魔術師に殺人を依頼したとか、結末で作家探偵ジェガーヌが真相を解明するという伏線回収はない、念のため。そのレビューも、そのまま再録(って虚構だけど)してあるなど、リアリティを出している。


さまざまな人の証言から、エリマンの人間像が浮き彫りになる。過去と現代の時制が交錯、、エリマンの行動を追って、セネガル、フランス、アルゼンチンなどへ。一時は、「黒いランボー」とまで称賛されたエリマン。放浪生活をしながらも、創作活動を続けていた。ノンフィクションだったっけと思わせるほど。

 

個人的にあっと思ったのは、アルゼンチンに渡ったエリマンが、ボルヘスゴンブローヴィッチと親交があったこと。特に、ゴンブローヴィッチナチスドイツが侵攻してきたポーランドからアルゼンチンに亡命した作家。『トランス=アトランティック』や『フェルディドゥルケ』は、シュールな笑いが好きな人に推薦。


訳者解説によるとエリマンのモデルがいたことを知る。「『暴力の義務』を書いたウオロゲム」だそうだ。かつて翻訳されていたというので、図書館の蔵書を検索したら、保存庫にあった。読みたい本が増える一方、読む書きのスピードは下がる一方。


エリマンほどでもないが、ジェガーヌも屈折した男。村上春樹を思わせるいまどきの若者らしいオシャレな生活スタイル。村上春樹が作家になったきっかけ(たぶん、神宮球場のヤクルト戦)を紹介しているし。いろんなタイプの女性との性行為も嗜むが、溺れることはない。時には溺れるが。ただただ、書くこと、良い作品を書くことに魂を奪われている。

 

小説のためなら悪魔に魂を売り渡してもいい。そんな作家の「業」を感じさせながらも、清新さにあふれたザ・文学って一作。

 

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