純文学とSFとエンタメ系が渾然一体、『冬至草』。新作が待たれる作家の一人

 

冬至草 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

冬至草 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

  • 作者:石黒 達昌
  • 発売日: 2006/06/01
  • メディア: 単行本
 

 

『日本SFの臨界点[怪奇篇]ちまみれ家族』伴名練編のレビューで『雪女』石黒達昌を取りあげた。

昔書いた『冬至草』石黒達昌のレビューをたまたま見つけたので再録。

SFマガジン」、「文學界」、「すばる」初出作品と書き下ろし一篇を加えた短篇集。
ハヤカワSFコレクションJシリーズから刊行。
これを見るだけで作者のおかれているポジジョンがわかると思う。

 

医師と作家の二足のワラジという人は、少なからずいるが、
作者の場合、なかなか創作に時間が割けないようだ。
本業の日々の仕事が生命や生死にかかわっているから、
ネタ的(不遜か)にも得るものが多いかもしれない。

作者はかなり理系(医療系)具合が濃密。


これまでの著作の難解ぶりを想定しつつ、久方ぶりに読んでみたら、
案外そうでもなくて、それぞれにセンス・オブ・ワンダー的読み応えがあった。
2篇ピックアップ。

 

冬至草』は、これをベースに長篇に仕立て直してもいいと思える作品。
北海道の厳寒な気候、「ウランを含んだ土壌」に生育して、

人の生き血を栄養素として育つ謎の植物。
第二次世界大戦中、それに魅せられた男たち。
ガイガーカウンターを携えてその花を探索に行く男。ピピッと反応がある。
タルコフスキーの映像様式のような。
てきれば、この作品を長く、長ーく読みたいもんだ。

 

『希望ホヤ』は、癌の特効薬らしい希望ホヤの話。
朝のNHKの食べ物の番組でホヤの特集をしていた。
ホヤは種族的には貝類ではないので、貝柱がないそうだ。
「動物に近い脊索動物門の一種に分類されて」いて身の部分は筋肉だとか。
ホヤのカタチを眺めていると、確かに癌にも効きそうな気はしてくる。

“海のパイナップル”ホヤは東北の三陸海岸が本場で、いまは養殖されている。
はじめて食卓に出たのが、ぼくが高校の時か。
見た目がダメで、恐る恐る食べたら味も磯クサくてダメだった。

今、ホヤ酢は、好物で酢。

この本、中古品しかないようだから、読みたい人はAmazon Kindleか最寄りの図書館で。

 

関連レビュー
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「臨床心理士」、沖縄の「野の医者」体当たりレポート

 

野の医者は笑う―心の治療とは何か?―

野の医者は笑う―心の治療とは何か?―

 

 『野の医者は笑う 心の治療とは何か?』東畑開人著を読む。

 

パワースポットや占いなど根強いスピリチュアルブーム。

 

「占いはごく身近な治療文化である」
「私たちが知っている占いの世界は表面的なもので、その奥には深い闇の世界が広がっている」

と作者は言う。

「野の医者」とは、在野の医者。病院にいる医者は医師免許がいるが、
「野の医者」は、そういう資格は不要。
臨床心理士」である作者は、「心の治療」に関して専門家ではない「野の医者」の門をたたく。
実際に「野の医者」が盛んな土地・沖縄へ出かけてヒーラー、ユタ(シャーマン)、占い師などさまざまな「野の医者」に自らかかる。
世界の果てまでイッテQ!」のレポーターの如く、体当たりで。


「野の医者」たちの経歴、治療法や「心の治療」への考え方はさまざま。

いわゆる民間療法はやれあやしい、やれ科学的じゃない、やれ金儲けだと見られがち。
しかし、最新の医学では治癒どころか快方にさえ向かわないならば、
すがりたくなる気持ちはわからないことはない。

「マブイ(魂)セラピーとはスピリチュアルセラピーの一種であり、ゲシュタルトセラピーという臨床心理学でも使われている治療法が取り入れられたものだ」

著者はノー偏見、素直に治療を受け、自身で感じたことを書いている。
効果があったり、なかったり。その本音には賛同できる。

「野の医者たちは必死に科学の言葉を使って自分のことを語るけれども、実は宗教と物凄く近いところにいる。同じように、臨床心理学も宗教とかそういったものの末裔であり、怪しい本性を隠しているのではないか。そもそも、心の治療って本来そういうものなのではないか。そういう疑念を書き連ねているのである」

「信ずることで救われる」「イワシの頭も信心から」とか言うが。

プラセーボ効果(偽薬効果)はありだと思うし。

この箇所に瞠目させられた。

「野の医者の基本信念である「考え方が変われば、世界が変わる」という発想は―一部略―ニューソート(New Thought、つまり新しい考えという意味だ)というキリスト教系の思想運動の基本信念なのだ」
「積極思考、ポジティブ・シンキング、あるいは光明思想、―一部略―自分と世界が繋がっているという魔術的な考え方なのだ」
「この発想が野の医者の治療文化を作ってきた。比較的古い時代には新宗教、―一部略―人間性心理学や自己啓発セミナー。さらにはネットワークビジネスニューエイジ思想―一部略―。そして、現在ではそれがコーチングやNLPポジティブ心理学などという形を取っている」

 

プラグマティズムもその枝葉にある。

扱っている領域で名称こそ異なるし流行り廃りもあるが、実は根っこで繋がっている。
それは作者が言う「深い闇の世界」、フロイトの「無意識」的なものだと思うのだが。


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お厚いのはお好き?

 

ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ

ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ

  • 作者:乗代 雄介
  • 発売日: 2020/07/18
  • メディア: 単行本
 

 

『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』乗代雄介著を読む。

版元は国書刊行会。重量級の本を出す出版社ならチャンピオン。
最後まで読めるかと思ったら、わりかしすぐに読めてしまった。
分厚い本は、3部構成。

 

1部:「創作」
著者のブログに掲載していた膨大な作品をチョイス、「全面改稿」したもの。
ミュージシャンでいうところのデモ音源のようなものか。おいおいどうしたと思いつつ読み出す。ウンコ、オシッコ、チンコ。
子どもの好きな3点用語が多いような気がする。くだらないっちゃあくだらない。でも、嫌いじゃない。どの程度手を入れたかわからないが、
奇想と笑いと疾走感。作者のへんてこりんな世界がある。好きか嫌いか、どっちか。まともに受けてはいけないエンタメ化したkinky(キンキィ:ひねくれ)純文学。デモ音源は撤回。

 

2部:長編エッセイ「ワインディング・ノート」
著者の読書ノート。柄谷行人サリンジャー太宰治スタインベック宮沢賢治など気になる作家の部分を引用して感想を書いている。
いわば創作のためのノート。お笑いでいうところのネタ帳。これは著者の文学メソッドをバラしたような内容。最もひかれたのは、大学のゼミの担当教授だった田中優子教授(現総長)からのメール。実に的確。

 

「あなたの文章を読むたびに「めまい」がします。―略―あなたの文章は読む者の定点を揺らがせるのです。そして次に、思考の渦に投げ込む。―略―ほめても意味がない。ほめた結果、あなたが「文章で食べられるかもしれない」と思ってしまうことも、恐れています。―略―しかし、出版界で「商品」として売れるかどうかは、別問題なのです」

 

著者の作品を読んだときの不思議な感覚。うまく言えなかったが、そういうことなのか。また教授は著者の作風を江戸時代の画家・曽我蕭白にたとえている。若冲ではないそうだ。画像を貼るが。なるへそ。

 

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3部:書き下ろし小説「虫麻呂雑記」
阿佐美景子ちゃんシリーズで舞台となった千葉・茨城県。本作は著者と思われる「私」とデリヘル嬢の「利衿江」が市川市の真間で出会う。
私は彼女に「真間の手児奈」伝説を話す。手児奈霊神堂の参道の看板に記された高橋虫麻呂長歌を読む。わかりやすく彼女に解説する。
なんだか一泊二日お忍び温泉旅行エロ動画風。メールアドレスを交換して虫麻呂の足跡をたどって一人旅が続く。数か月後の八月、彼女から連絡が
来る。なぜか高萩駅で待ち合わせをする。海水浴場がある。水着を持ってこなかった彼女は潔くほぼ全裸で泳ぐ。虫麻呂を追って1人で筑波山へ。うがった見方をすれば、1部が実践編、2部が理論編、3部が応用編かな。ま、どっから読んでもいいんだけど。


関連レビュー

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おまけ。タイトル名になったキンクスの楽曲を。


The Kinks - Mick Avory's Underpants (HQ)

 

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ヒガン前にイーガン

 

 

『ビット・プレイヤー』グレッグ・イーガン著 山岸真編・訳を読む。

グレッグ・イーガンは長篇と短篇を何作か読んだことがある。
圧倒されて「すげえ!すげえ!」と平伏するのみ。ちゃんとしたレビューには至らず。

で、「イーガンの日本オリジナル短篇集」である本作。
短篇ばっか読んでいる今日この頃、久しぶりに読んでみることにした。

 

『七色覚』
色覚インプラントに「虹アプリ」をDLして「脳の視覚経路」が変調を来たし、見え方が変わったぼくたち。それは進化なのか。メリットがあるのか。

 

不気味の谷
人気シナリオライターだった老人のアンドロイドが主役。老人が亡くなり、遺産は自分にそっくりな(「人格と記憶」を持った)アンドロイドに。彼はセルフアイデンティを求めて苦悶する。本筋よりもロボットやアンドロイドが遺産相続人になれるのかに興味を覚えた。


『ビット・プレイヤー』
「大災厄」により地球の「重力が横向き、中心にむけてではなく、東に引っぱるようになった」。解せないガーサーは、サグレダに質問を浴びせる。ネタバレしてしまうが、実はそこは「ゲーム世界」だった。オンライン・ゲームのビット・プレイヤー(端役)たちのアドベンチャー・ストーリー。『あつまれ どうぶつの森』とかの世界でアバターを実写体験したらこんな感じなのかな。

 

『失われた大陸』
難民問題をテーマにしたタイム・トラベラーもの。収容所や「警官隊と抗議者集団」とのバトル、催涙ガス…。少年アリに感情移入してしまった。なんとも救いようのない結末。

 

『鰐乗り』

「銀河系を覆いつくしている」「融合世界(アマルガム)」と「融合世界(アマルガム)」よりも前から存在する「孤高世界(アルーフ)」

 

 宇宙を長い間旅している夫婦は死を考え始めた。未踏の地である「孤高世界(アルーフ)」に行こうとするが。

 

『孤児惑星』

「太陽を持たない惑星タルーラ」。「少なくとも十億年間は宇宙の孤児としてなににもつなぎとめられることなく銀河系内を漂流してきた」

タルーラ人は存在するのか。文明はあったのか。タルーラを実際に探索するアザールとクローン人間のシェルマ。次々と謎が明かされる。一方で新たな謎が生まれる。

 

すごいけど面白い。中篇だから話がダレることもなく、一気に読み切れる。喰わず嫌いの人は、この本から読めばいいかも。

 

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SFエヴァンジェリストは言う、「読んでくれ」「書いてくれ」と

 

 

『日本SFの臨界点[怪奇篇]ちまみれ家族』伴名練編を読む。

[怪奇篇]の方が[恋愛篇]よりも個人的にしっくりくる。

埋もれている日本の名作SF短篇を若い読者に読んでもらうことと
最近作品を発表していない作者のモチベーションを高めること、
この2つが編集ポリシーだそうだ。

好きな作品を取りあげてみる。

 

『DECO-CHIN』中島らも
バカテクでオリジナリティの高いフリークス・バンドに魅せられたロック雑誌の副編集長。バンドに入るためにある決意をする。令和版『春琴抄』的オチ。ウィリアム・バロウズ×ロック。『ガダラの豚』を再読せねば。

 

『地球に磔にされた男』中田永一
乙一名義」で知られる作者。スタートがSFとは。「時間跳躍機構」、タイムマシンをめぐる話。勝手に時制や歴史を変えてはいかないのだが、運命に翻弄される男のエゴイズムが上手に描かれている。

 

『ちまみれ家族』津原泰水
津原の怪奇小説幻想小説のファンだけど、意外なことにギャグもの。遺伝的に、やたら出血、流血する家族。でも、おかしい。これがほんとの出血大サービス。

 

『笑う宇宙』中原涼
宇宙船にいる一家四人。でも、妹はここは地球だと。「ぼく」は偶然、「家族三人が乗っていた宇宙船を救助」した。閉鎖空間で妹ばかりか父まで様子がおかしくなる。ラストシーンで真相が明らかになるが、悲しい結末。そうきたか。

 

『黄金珊瑚』光波耀子
「学校の実験室でケミカルガーデンの実験」をしたところ、すくすく育つ「黄金の珊瑚樹」。どんどん大きくなる。話題となって身に来た者を「信者」にする不思議な力があった。町は「黄金の珊瑚樹」に征服されようとする。なんか『ウルトラQ』っぽい。編者によると日本の女性SF作家(フェミニズム的にはNGだけど)の草分けだそうだ。熊本で結婚して家庭を持ち、筆を折ったらしいが、なんと『エマノンシリーズ』や『黄泉がえり』の作者・梶尾真治のSFの師匠であったことを知る。

 

『雪女』石黒達昌
著者の作品は何作か、一時期、よく読んでいた。「体質性低体温症」という奇病の女性・ユキに関する研究レポートスタイルで展開する。年齢不詳。アイヌの伝統的な衣服・アツシを着ているユキ。漫画『ゴールデンカムイ』のアシリパと重なる。
女性及び一族の研究に熱を入れ過ぎて医師・柚木。ミイラ取りがミイラになる。作者も医師だからなのだろうか、クールな理系SF。と括れてしまえるが、伝奇風味が効いている。編者に「決定的な影響を与えた短篇」だそうだ。

 

 

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アンソロ爺(ジー)

 

20世紀ラテンアメリカ短篇選 (岩波文庫)

20世紀ラテンアメリカ短篇選 (岩波文庫)

  • 発売日: 2019/03/16
  • メディア: 文庫
 

 

アンソロジー好きの爺だからアンソロ爺。
広告批評」の天野祐吉のブログのタイトルはあんこ好きだからあんころ爺。
非暴力主義の爺はガン爺。
デジタル・ガジェット好きの爺はファイブ爺。もう止める。

 

『20世紀ラテンアメリカ短篇選』野谷文昭編訳を読む。

中南米文学」の特徴は


「ヨーロッパの前衛、熱帯の自然、先住民族の魔術と神話が混然一体となって蠱惑的な夢を紡ぎ出す大地ラテンアメリカ

だと。ピンポイントシュート!!

 

全16篇のうち7篇が編者が訳した雑誌からの転載(単行本未収蔵)、残り9編が「訳しおろし」。いろんなテイストが楽しめる。何篇か、紹介。

 

青い花束』オクタビア・パス
夜の散歩中にナイフを背中に当てられる。恋人のために青い目玉をくりぬいて花束にするという。シュール。

 

『チャック・モール』カルロス・フエンテス
「蚤の市」で買ったチャック・モール(「生贄を捧げる祭壇として用いられたと思われるマヤの仰臥人像」)。「複製品」かと思ったら、本物らしい。像は生きていると書かれた男の日記。狂気のせいなのか、あるいは。

 

『大帽子男の伝説』 ミゲル・アンヘル・アストゥリアス
子どもがついたまりが僧坊に。修道士はまりつきに夢中になる。持ち主の男の子と母親が修道士の元へ。まりの正体を知らされる。修道士が放り投げると、まりは黒い帽子に変身。メルヘンチックかつ神話チック。なるほど、これがマジックリアリズムなのね。
ジャミロクワイかとこっそりツッコミ。

 

『フォルベス先生の幸福な夏』ガルシア・マルケス
海辺のリゾート地。夏にドイツ人女性の家庭教師に教わることになった兄弟。先生はなかなか厳しい指導。しかし、みんなが寝静まった夜にはワインをがぶ飲みなど奔放なスタイル。いつしか兄弟は強い反感を覚え殺意が芽生える。こっそり殺人を仕掛けた翌日、家の前に救急車や兵士が。先生は…。予想外の結末。

 

『物語の情熱』アナ・リディア・ベガ
1987年に出された短篇集からの一篇。「私」は売れない女性ミステリー作家。フランスに嫁いだ親友ビルマを訪ねることに。先生との兼業で蓄えた資金で憧れの渡仏。「私」はフランスで新作を書こうとするも、夫婦仲がぎくしゃくしているビルマに振り回され、それどころではない。プエルトリコピレネーの文化・習慣。人種の違いなどが書かれた紛れもなくフェミニズム小説。ウィットに富んだ文章もなう。一例。

「私の中に住むミス・マープルは、足音が下って行くのに気づいた」

ラストの一ひねりの部分がいるのか、いらないのか。


『目をつぶって』レイナルド・アレナス
8歳の「ぼく」は学校へ行くのが苦痛。途中、猫の死骸に「つまずいた」。「ケーキ屋の入口」には物乞いの二人の老婆。いつもは「半ペソ」あげるのだが、昨日はあげられなかった。ネズミをいたぶる子どもたちを目撃する。また猫に「つまずく」。今度は生きていた。

「目をつぶると、いろんなものが見えるんだ」

ケーキ屋に来ると物乞いの老婆が店員になっていた。しかも、大きなケーキをくれた。
でも、交通事故に遭う。子どもの話は、どこまでが本当でどこまでが絵空事か。

 

イチ押しのアナ・リディア・ベガの著作ってまだ翻訳されていないようだ。「白水社エクス・リブリス」か「新潮クレスト・ブックス」あたりで出してくれないものだろうか。

 

中南米文学」を読みたい人に特におすすめする。かつて話題につられて買ったが、頓挫して書棚に埃をかぶっている『百年の孤独』をお持ちのあなたにも。

 

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『ポップス大作戦』で小旅行

 

ポップス大作戦

ポップス大作戦

  • 作者:花, 武田
  • 発売日: 2020/06/24
  • メディア: 単行本
 

 

『ポップス大作戦』武田花著を読む。久しぶり。
著者といえば、モノクロ写真(とりわけ猫)と個性的な文章。
なんだけど、この本では初のカラー写真がふんだんに。

 

陰影を帯びたカラー写真。
被写体は、場末、うらぶれた、さびれた風景。
思い出の品、思い出の場所。
物語を感じさせる切り取られた一瞬。
時間がここだけ止まっているような。
ネズミの隠れ家、何だかわからない骨、メンコ、ビー玉なんかが
埋まっているかも。霊的な影とかも。
さすが、木村伊兵衛賞受賞者。

 

映えているか、いないか。
ぼくは前者。

 

父親が武田泰淳、母親が武田百合子
武田百合子の『富士日記』は、愛読書だった。
安直にDNAの為せるワザとは言いたくないが、
あっけらかんとした魅力的な文章。
武田百合子の文章も目玉がグルグルするような観察眼に優れていたが、
負けてはいない。
日常的でありながら不思議な世界。
奇譚集のようなエッセイ集。

 

第一、タイトルからして凡人には思いつかないと思うのだが。
案外、担当編集者の仮題がそのまままついたりして。


引用。

 

「ふと見上げたら、可愛らしい雲が浮かんでいる。
「くもちゃーん、元気で死んでますかあ」大きな声で、七年前に
死んだ猫の名を呼ぶ。気持ちがスーッとした」

 

 

 

小声で。でも、モノクロ写真の方が好きだな。

 


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