アンソロジー好きの爺だからアンソロ爺。
「広告批評」の天野祐吉のブログのタイトルはあんこ好きだからあんころ爺。
非暴力主義の爺はガン爺。
デジタル・ガジェット好きの爺はファイブ爺。もう止める。
「中南米文学」の特徴は
だと。ピンポイントシュート!!
全16篇のうち7篇が編者が訳した雑誌からの転載(単行本未収蔵)、残り9編が「訳しおろし」。いろんなテイストが楽しめる。何篇か、紹介。
『青い花束』オクタビア・パス
夜の散歩中にナイフを背中に当てられる。恋人のために青い目玉をくりぬいて花束にするという。シュール。
『チャック・モール』カルロス・フエンテス
「蚤の市」で買ったチャック・モール(「生贄を捧げる祭壇として用いられたと思われるマヤの仰臥人像」)。「複製品」かと思ったら、本物らしい。像は生きていると書かれた男の日記。狂気のせいなのか、あるいは。
『大帽子男の伝説』 ミゲル・アンヘル・アストゥリアス
子どもがついたまりが僧坊に。修道士はまりつきに夢中になる。持ち主の男の子と母親が修道士の元へ。まりの正体を知らされる。修道士が放り投げると、まりは黒い帽子に変身。メルヘンチックかつ神話チック。なるほど、これがマジックリアリズムなのね。
ジャミロクワイかとこっそりツッコミ。
『フォルベス先生の幸福な夏』ガルシア・マルケス
海辺のリゾート地。夏にドイツ人女性の家庭教師に教わることになった兄弟。先生はなかなか厳しい指導。しかし、みんなが寝静まった夜にはワインをがぶ飲みなど奔放なスタイル。いつしか兄弟は強い反感を覚え殺意が芽生える。こっそり殺人を仕掛けた翌日、家の前に救急車や兵士が。先生は…。予想外の結末。
『物語の情熱』アナ・リディア・ベガ
1987年に出された短篇集からの一篇。「私」は売れない女性ミステリー作家。フランスに嫁いだ親友ビルマを訪ねることに。先生との兼業で蓄えた資金で憧れの渡仏。「私」はフランスで新作を書こうとするも、夫婦仲がぎくしゃくしているビルマに振り回され、それどころではない。プエルトリコとピレネーの文化・習慣。人種の違いなどが書かれた紛れもなくフェミニズム小説。ウィットに富んだ文章もなう。一例。
「私の中に住むミス・マープルは、足音が下って行くのに気づいた」
ラストの一ひねりの部分がいるのか、いらないのか。
『目をつぶって』レイナルド・アレナス
8歳の「ぼく」は学校へ行くのが苦痛。途中、猫の死骸に「つまずいた」。「ケーキ屋の入口」には物乞いの二人の老婆。いつもは「半ペソ」あげるのだが、昨日はあげられなかった。ネズミをいたぶる子どもたちを目撃する。また猫に「つまずく」。今度は生きていた。
「目をつぶると、いろんなものが見えるんだ」
ケーキ屋に来ると物乞いの老婆が店員になっていた。しかも、大きなケーキをくれた。
でも、交通事故に遭う。子どもの話は、どこまでが本当でどこまでが絵空事か。
イチ押しのアナ・リディア・ベガの著作ってまだ翻訳されていないようだ。「白水社エクス・リブリス」か「新潮クレスト・ブックス」あたりで出してくれないものだろうか。
「中南米文学」を読みたい人に特におすすめする。かつて話題につられて買ったが、頓挫して書棚に埃をかぶっている『百年の孤独』をお持ちのあなたにも。