ああ愉快、痛快、奇々怪々の怪奇掌編

 

 

キャッチコピーはアニメ『怪物くん』(第1作)主題歌「おれは怪物くんだ」の歌詞の一部を拝借。作詞は藤子不二雄。AとFがつく以前。


『大人のための怪奇掌篇』倉橋由美子著を読む。


奥付のプロフィールが、素敵なんで引用する。
「大学在学中に『パルタイ』で華々しくデビュー。以後、文壇から遠いところで最も理知的な作品を書き続けたが、2005年6月に他界」

 

晩年に書かれたこれらの作品は、登場人物の設定、緩急自在なストーリー展開、帰結などなど、素晴らしい。ある作品はエロティック、ある作品は風刺、ある作品は黒い笑い、ある作品は人間の嫌らしい本性などが捉えられている。特に作者のことを知らない若き怪奇小説好きに一読をすすめる。何篇か、紹介していく。

 

『ヴァンピールの会』
湘南の海が一望できるレストランで毎月貸し切りでワインパーティーが催されていた。ロマンスグレーの紳士を取り囲む妖しげな女性たち。「ヴァンピール(吸血鬼)の会」と名付けられていた。その月のメインのワインはトランシルヴァニア産の赤ワイン(!)。オーナーの木原が出合い頭に美女の一人とぶつかってくちづけする。唇が切れ、流れた血も、互いにテイスティングすることに。後日、ボーイの美少年・佐田が失血死していた。木原は佐田の唇を吸って残りのワインを興奮しながらすする。ワイン、美少年。さりげなく荒井由実の『海を見ていた午後』の歌詞が引用されている。

 

『首の飛ぶ女』
父親が亡くなる前に娘の私にしてくれたK氏の秘密。彼は父親の級友だが、風貌がどこかいっちゃってる感じの人。敗戦後、中国から引き上げるとき、身寄りのない中国人の少女を連れ帰った。美しい少女に育った彼女を妻(戸籍上は養女)にしたのだが、彼女は「飛頭蛮」という種族だった。真夜中に頭だけ身体から離れて徘徊する特徴があるという。首は毎夜、どこへ。詰問すると、好きな男ができたと。嫉妬の余り、Kは首が胴体と合体できないようにした。戻って来た首は悶絶して縮んでしまった。彼はその首をボストンバッグに入れて持ち歩いていた。首の行く先は意外なところへ。さらに意外な結末が。愛する人の元へ夜な夜な生首の飛ぶさまは伊藤潤二の『首気球』 を彷彿とさせる。

 

『事故』
山口勉君は、長風呂し過ぎて肉が風呂の湯に溶けて骸骨になってしまった。医師は「突発性溶肉症」と診断する。骸骨姿で登校する勉君。いじめられるかと思いきや、人体標本にそっくりだとか、すっかり人気者となる。ヴァレンタイン・デーにクラスの女の子たちがやって来る。彼の骨をバラバラにして喜ぶ。母親の手に負えず、近所の獣医に組み立ててもらう。しかし、骨が一本足りなかった。そして某日、犬が彼の骨らしきものを加えていると知らされる。駆けつけると、勉君はトラックに轢かれて、組み立て不可になってしまった。

 

『オーグル国渡航記』
「ジョナサン・ツウィストの『カニバー旅行記』」という小説がある。そう、あの小説のパスティーシュ。その第五篇にあたる『オーグル国渡航記』は、中身が過激ゆえ発刊時、削除されていた。こんな話。カニバーは陸に上がった平穏な暮らしは退屈だった。再び航海に出る。いつものように嵐に遭うが、それから濃霧の中をさまよう。すると大きな島が現われた。島には鬼のような生き物がいた。彼らにはカニバーたちが見えないようだ。城に入っても国王鬼は気がつかない。調子に乗って鬼の首を刀ではねた。すると、うまそうな生ハムそっくりの肉が。試しに食べてみると極上の美味だった。憑りつかれたように鬼の肉を貪る。さんざ食べた挙句、故郷に戻ると、なんとカニバーたちは鬼の面相になっていた。彼らは生涯瘋癲病院に幽閉の身となる。


『生還』
私は死んだのだが、意識はあった。死後の世界を男に連れられて歩く。宦官(かんがん)のような老人が私に質問する。私の浮気相手だった未亡人の甘木夫人に関しても。なんでそんなことまで知っている。彼女は現在、老人の下女のようなことをしていると。私はあの世で何をするのかと訊ねると役人が台帳を見ると命があと「四十年残っている」と。あわててこの世に戻される。ザ・フォーク・クルセダーズの『帰って来たヨッパライ』か、芥川の作品を思わせる。しかし、マイナンバーカードの記載ミスのようなことを冥府でもするのかと。死んだと思って土葬されて棺桶から自ら脱出した人も、この手のミスなのだろうか。

 

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