「コレラノ作品ヲオ読ミクダサイ」―日本SFナビ本

 

 
『日本SFの臨界点[恋愛篇]死んだ恋人からの手紙』伴名練編を読む。

この手のアンソロジーは、感覚としては隠れた名盤・名曲発掘に近い。
編者が述べているように確かに「SFと恋愛」の親和性は高い。
取りあげた作者の経歴から作風、現在読める著作のリストアップなど
簡潔にまとめられているが、SF愛に満ち満ちている。
良作を書いている未知の作家を知るのに、助かる。
何篇か感想などを―

 

『死んだ恋人からの手紙』中井紀夫
恋人が亡くなってから手紙が届くという恋愛小説のパターン。
「あくび金魚姫」への「TT」からの手紙を紹介するスタイル。
戦艦で惑星に行き、場合によっては出撃する状況。
同僚が死ぬなど戦況はヤバい。
そして帰らぬ人となる。慰めの手紙の後に、
「TT」からの手紙が2通届く。
優しい文面。悲しみがじわじわ来る。
異星人とのコミュニケーションに難しさをあげているが、
同じ地球人だってコミュニケーション不全のケースが多々あるものね。


『奇跡の石』藤田雅矢
テーマは「共感覚」。「音を聴くと色が見えたりする「色聴」に代表される現象」。
「電気メーカーW社のエスパー研究室で働いていた」私は、ソ連圏の「東欧の小国ロベリア共和国」へ行く。そこで「共感覚」を持っている姉妹と出会う。

SONYにかつてあったエスパー研究室を思い出す。

 

『生まれくる者、死にゆく者』和田毅
人間社会にとって人口減少は困るが、人口増大も困る。増える分、減る。

プラスマイナスゼロ。それで人口のバランスを保てたら。
そんなユートピアともディストピアともとれる作品。

お腹の子どもが大きくなるにつれ、存在の影が薄くなる祖父。
はたして生まれた孫に祖父は会うことができたのか。

 

『劇画・セカイ系大樹連司
前島賢の別名義。「藤子F不二雄の短編漫画を意識したタイトル」とか。
正樹は「14歳の女子中学生ココノ」とラブラブ。
でもココノは実は地球を守るための秘密戦闘兵器だった。正樹の元を去るココノ。
それから15年後。正樹は売れないライトノベル作家
年上の公務員・倫子さんと同棲。つーか、ひも。つーか、ハウスハズバンド。
入籍してないからハズバンドではないのだが。
そこにココノが現れる。永遠の14歳。嫉妬に狂う倫子さん。


『G線上のアリア』高野史緒
「改変歴史SF」もの。時代は「十字軍によってアラビアの聖地が奪回できると信じていた頃」。
ところが「アラビア数字を考案した」イスラム教徒は、数学、医学とりわけ科学にも長けていて通信手段に電話を使っていた。なるほどおもしろい。そこに「楽士長バッハ」の音楽がからむ。

 

『アトラクタの奏でる音楽』扇智史
「百合SF」もの。京都大学工学部3回生の待理(まつり)とストリート・ミュージシャンの鳴佳(なるか)の恋物語。古都京都の最先端都市への変貌ぶりがなかなかのもの。

待理(まつり)が開発している新技術HoTAL(ホタル)で鳴佳(なるか)の楽曲を多数の人に伝わるよう実験を行うが。
森見登美彦万城目学などの小説も京都が舞台というだけでも単純にいいなと思うのに。


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小説の神様が微笑むまで

 

 
『マーティン・イーデン』ジャック・ロンドン著 辻井栄滋訳を読む。

 

主人公は貧しい若者。彼・マーティン・イーデンがハイソな年上の女性・ルースと出会う。彼女により、彼は文学に目覚める。それまでは無縁の世界。親が若くして亡くなり、勉強どころではなかった。現在は船員、海の男として稼いでいた。


彼がヘレン・ケラーなら、ルースはサリヴァン先生。マーティンは地頭が良かったのだろう、図書館に通って片っ端から本を読む。きちんとした教育を受けていないのに。無謀と彼女は思うが。作家になりたい。その強い思いから雑誌社や新聞社に詩や小説を投稿する。

「取らぬ狸~」で原稿料で何を買うか算段する。そう、うまくことは運ばない。ボツ、またボツ。しかし諦めない。原稿料がもらえなければ、生活は困窮する。しばらく働いて、稼いだ金で創作生活をするも、芽は出ない。いままであったことのないワイルドなマーティンに魅かれていたルースも、夢を叶えることは困難だと。学校に行って記者や弁護士になることをすすめる。しかし、諦めない。

 

ハイソな家庭ではルースにボーイフレンドができないことを不安に思っていたが、やっとできた彼がマーティン。でも住む世界が違うからやがて別れるだろう。そうしたら家に見合った男ができるだろうと。


演歌の歌詞なら、頭ではノーだが心ではイエス。なんとか作家で身を立てられるようになるまで彼は彼女に2年間の猶予を求める。投稿する切手代にも困るほど生活はひっ迫。ついには原稿料の取り立てに行く。元船員。腕っぷしには自信がある。1社は無理やり払ってもらったが、もう1社はなぜかケンカに強い担当編集者で負ける。取り立てはできなかったが、酒をごちになる。なかなか会えない二人。いつしか心の距離ができてしまう。

 

ダメかと思う寸前、大手出版社から採用通知が届く。風向きが変わった。上げ潮になった。ひっきりなしの原稿依頼。原稿料もあがる。世間が手のひら返し。しかし、いつまた戻るか。浮かれていないマーティン。以前は冷たかったルースの家族も寵児となったマーティンに手のひら返し。辟易。ルースがマーティンへの気持ちは変わらないと。うんざり。船に乗る。ただし、一等での船旅。


「自伝的小説」だそうだ。似た感じの本を読んだことがある。矢沢永吉の『成り上がり』だ。自分の夢への熱い思い。もっと言うなら梶原一騎原作の漫画のようでもある。もっともっと言うなら苦節何十年、無名でいきなり『M-1グランプリ』で王者になるような。もっともっともっと言うならブルース・スプリングスティーンの骨太なロック。

 

ひねくれているぼくだが、マーティンのまっすぐな生き方に心をつかまれた。映画化されたそうな。こちらも評判が高い。


映画『マーティン・エデン』予告編

 

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その男、「プロフェッショナル」につき

 

 

男 (講談社文芸文庫)

男 (講談社文芸文庫)

  • 作者:幸田 文
  • 発売日: 2020/07/13
  • メディア: 文庫
 

 

『男』幸田文著を読む。
好みの男性とか男性論とか書いたのかな。まさかと思いつつ読む。

 

違った。男の職業人、つづめて職人にしてもいい。
さまざまな仕事で「プロフェッショナル」である男たちの現場を
著者がたずねた随筆というよりも一種のルポルタージュ
ノンフィクションである。

 

幸田文といえば、その観察眼がある。
ぼくの敬愛するコピーライターの故・真木準(代表作「でっかいどお。北海道」)の
キャッチコピーに「肉眼カメラ」があるが、優れた「肉眼カメラ」を持っている。

 

そして旺盛な好奇心と行動力。
老いてなお盛ん。危険を承知でギリギリまで現場に行く。

この本の最後あたりに作者の取材風景の写真が載っているが、
いやはやそのバイタリティには恐れ入る。

 

羅臼の鮭漁」に従事する男に会いに行く。そのハードな旅。
「こだま号の運転士」に会いに行く。元祖鉄子
「肺の外科手術見学」。最新の手術の模様が的確に表現されている。理系か。
森林伐採」の男、「下水処理」の男、「ごみ収集」の男、
「救急隊」の男、「少年院」の教官、「橋脚工事」の男、「とび職」などなど。

見事なまでにサラリーマンはいない。

 

会いに行けなかったのは「海上保安庁」と「警視庁捜査一課」。
このお詫びの文がまた素晴らしい。

 

優れた「肉眼カメラ」の実例を引用で。


「美容院は化粧品の匂いがむんむんしているが、床屋さんにはポマードの香料にまじって、かすかだがはっきり消毒剤の匂いが漂う」
(「当世床屋談義」若い床屋さんを訪ねた章より)

 

「折柄、西陽が斜めに照りつけていた。そこの工事は九分九厘すんで、堅固で、整然として、外見もきれいに仕上がっている。外側に張り渡した簾には、たるみがなく、すきっとしていた」
(「ちどりがけ」とび職を訪ねた章より)

 

「いい男さんに出逢う」ことは「仕合わせ」

だと。

 

作者の男の原型は、作者に家事や炊事を通して一人でも生きていけることを仕込んだ、父・幸田露伴なのだろう。


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青いソーダ水とコルタサル

 

遊戯の終わり (岩波文庫)

遊戯の終わり (岩波文庫)

 

 『遊戯の終わり』コルタサル著 木村榮一訳を読む。

 

コルタサル幻想小説、奇想小説の魅力ってなんだろう。

あり得ないことがあり得る、あり得た。しかも、それがポップ(仮)だからだ。
最初、ユーモアと書こうと思ったが、なんかふさわしくない。
でもぴったりの言葉が見つからないのでポップ(仮)にした。

 

次が、青くさいってこと。
万年文学青年、青春(あおはる)、青の時代。一人称単数は「ぼく」以外、ない。

とっくに青年じゃないぼくが読むと、青くささを感じる作品もあるが、

この青くささ、実は中毒性がある。何篇かピックアップ。

 

『続いている公園』
誰が書いた作品かは失念してしまったが、作家に書かれたキャラクター設定が気に入らず、キャラは作家に設定の変更を申し入れる。認めなかった作家はキャラに殺され、
小説はキャラによって改竄される。
この作品も小説を夢中になって読む男と小説の登場人物が交錯する。ナイフを持った男が読んでいる男の背後に。「志村!うしろ〜!」状態。

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『いまいましいドア』
ホテル住まいのペトローネ。夜、「うとうと」していると、子供の泣き声がうるさかった。着替えの最中、気が付くと「洋服ダンスの奥に隣室に通じるドア」を見つける。
ホテルは古い屋敷をリフォームしたものだと推測する。
夜中、再び「赤ん坊の泣き声」で目を覚ます。
でも隣室の女性は一人のはず。支配人に確認したが、埒は開かない。
明け方、「赤ん坊の泣き声」が。もしや女性の一人芝居かも。それに騙されているのか。女性は部屋を出ていくことに。安堵する。ところが、またもや…。

 

『水底譚』
川に投げ込んできた水死体をめぐる体験談。絶妙な描写と語り。不気味さとなぜか神々しさが一緒くたになった感じ。

 

「マウリシオ、じつを言うと、あの水死体はぼくなんだ、あの顔はぼくの顔だったんだ」 

 ブコウスキーの原作をリュック・ベンソンが映画化した『つめたく冷えた月』の映像をイメージさせる。

 

山椒魚
「植物園にある水族館」で出会った山椒魚。「ぼく」は、虜になり足繁く通う。
「図書館で山椒魚」について調べたりする。ある日「ぼくの意識」が
山椒魚とシンクロしてしまった。山椒魚になった「ぼく」が、見る人間界。
「訳者解説」でカフカの『変身』と比較して論じている。
カフカの『変身』は重苦しい絶望や悲壮感があるが、
本作はなんだかほんわりとしている。


『遊戯の終わり』
「暑くなると、アルゼンチン中央鉄道の線路」を遊び場にしていた3人の少女。
秘密の「王国」で「彫像」になったり、「活人画」に興じる。
ま、パフォーマンスとかコスプレごっこかな、今風に言えば。
それを「列車の乗客」に見せていた。
客からの手紙が届く。いわばファンレターであり、ラブレター。
色めく少女たち。手紙を送った少年が会いに来る。
少年は一人の少女のファンだった。
少女たちに波紋が、不協和音が生じる。
「遊びは中止」となる。3人は次の階段を上ることになる。
おしゃれなフランス映画の体(てい)。


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驟雨 修道院 シュークリーム 

 

寺田寅彦と現代 新装版

寺田寅彦と現代 新装版

  • 作者:池内 了
  • 発売日: 2020/05/22
  • メディア: 単行本
 

 
ものすごい入道雲を見た。
驟雨、スコールのような雨が降る。
ひと雨来ても涼しくはならない。

 

物理学者でありながら夏目漱石の高弟だった男

 

寺田寅彦と現代 新装版』池内了著を読了。
寺田の著作は、岩波文庫から出ているものは、ほとんど読破した。
文章が魅力的なのはもちろん、読むたびに、新発見や再発見があり、
文字通り目からウロコがポロポロと何枚も落ちた。

 

この本は、寺田の著作から寺田の科学への思索が、
いかに現代の科学へつながっているか。その影響・功績をさぐるというもの。

 

ガラスの割れ方や金平糖のできかたなど有名な寺田の実験や観察、洞察が
現在の複雑系やフラクタクルなどにつながっていることを述べている。

 

「街上で神輿が不規則な運動をしている状態はブラウン運動と似ているし、百貨店の売上高と日々の売り上げとの相関や地震と漁獲量の関係、銀座通りを歩く人の統計から『平均人』の歩行経路の推定など、いろいろな問題が考えられる。寺田は、専門家の間で、このような手法が疎んじられていることを憂い、『科学の進歩を妨げるものは素人の無理解ではなくて、いつでも科学者自身の科学そのものの使命と本質とに対する認識の不足である』と断じている」

 

金平糖の角に関しての説明。興味深いんで引用する。

 

金平糖(あるいはクラウン・リンク)に角が生えるのは、糖分が集積する過程で球の表面に小さなゆらぎが生じ、それが不安定(ゆらぎが原因となってますますゆらぎが成長すること)によって増幅するためである」

 

旧版には「等身大の科学」という副題がついていた。意味することは。

 

「日常身辺にはさまざまの科学の種が潜んでいるのである」

 

 


作者は

「それを『等身大の科学』と呼んでいる」

「サイズが等身大で、研究費も等身大で、誰でもが参加できるという意味でも等身大である科学として、気象や気候、生態系、地球環境問題などを対象とするのである。
これらはすべて『複雑系』であり、多数のデータを何年にも渡って集積する必要がある。また、これらに共通するのは『循環するシステム』という点」である」

 

大事なんで副題を割愛してほしくなかった。

 

また、

「文系の知と理系の知を結び合わせ、二つの文化を再度撚り合わせる『新しい博物学』」

が必要であると。良きお手本が、寺田寅彦なのである。

 

「雪の研究は、弟子の中谷宇吉郎が引き継いだ」。


寺田の生きた時代と中谷の生きた時代の違いが、そのまま両者の科学観への違いとなっていることを知る。広島・長崎に落とされた原爆をリアルタイムで体験し、第二次世界大戦後の米ソ冷戦状態を目の当たりにした中谷。
(アメリカに留学経験のある中谷は親米派だったそうだが)やはりペシミスティックな気分が大きな影を落とすわけで。と、容易に想像できる。

 

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暦の上ではセプテンバー

 

生命の臨界―争点としての生命

生命の臨界―争点としての生命

  • 発売日: 2005/02/01
  • メディア: 単行本
 

 近所の給水管付け替え工事の騒音に負けずに、企画案を練る。

 

『生命の臨界 争点としての生命』松原洋子・小泉義之編を、つらつらと。
みずみずしい、いいカバー写真だと思ったら鬼海弘雄ではないか。
ぼくの出た学科の先輩にあたるらしい。と、いっても面識はないけど。

 

「ゾーエー、ビオス、匿名性」の章で小泉が書いていることに、はげ同。以下メモ。

 

「従来の議論は、固有名としては氏名のことだけを考えていました」


「固有名は基本的には人格を指示します。ところが、生-政治においては、固有名は人格ではなく肉体を指示します」

「固有名を隠したところで、生-政治から逃れることにはならない。特定の情報から個人名を割り出すことができないようにしたところで、個人情報を保護したところで、生-政治にとっては痛くも痒くもない」


「私は、固有名が無意味になるゾーエー、否応なしに匿名化されるゾーエーにおいて、ある一つの別のビオスを立ち上げることが、新しい生-政治として追及されるべきだと考えます」

 

ノーマライゼーションと同義語であるはずのバリアフリーの方が世の中に浸透しているのは、

「建設業界に新たな仕事を与えているから」

 

だと。

監視カメラに代表される、進行している監視社会化に対しは

 

「監視は、良き市民の自由の量を増やしているのです。そしてそのことで、監視は、市民から見て怪しげな人間の自由を奪っているのです。この自由の不当な配分こそが批判されるべきです」

「生-政治の下で、緑溢れる小奇麗な牧場で保護され配慮され飼育されることが、一体どれほどのものなのでしょう」

 

鶏舎で飼われるブロイラーじゃなくて、外で放し飼いされた鶏になりましょう。

なるほどと思っちゃ、ダメさ。
いくら放し飼いされて、有機飼料と天然水で育てられても、
しょせん、飼われていることには変わりはないんだから。

 

人間に飼育されたオランウータンは、なかなか語源となった「森の人」になるのは
困難だというし、なあ。

 

通勤本はコルタサルの『遊戯の終わり』。

 

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差別を暴力や不条理で落とし前をつける

 

フライデー・ブラック

フライデー・ブラック

 

 

『フライデー・ブラック』ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー著  押野素子訳を読む。


Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)が収拾しないのに、
またウィスコンシン州で黒人男性が背後から警察官に発砲された事件が起こる。
人種差別が再び火種になろうとは。
差別は黒人にはじまり、ヒスパニックからアジア人、日本人にまで及ぼうとしているとか。

 

藤井光の解説で作者の「両親はガーナからの移民で父親は弁護士、母親は教師」を知る。1人の移民二世が27年間に見たこと、感じたことを書く。
とはいえ、ラップのリリックのようにダイレクトに社会の歪みや体制などを
批判はしていない。

SFタッチのものやブラックユーモアのものなど多彩な短篇小説にして

なんつーか落とし前をつけている。
生々しく凄惨なシーンもあるが、みずみずしい感性が光っている。

何篇か取りあげ、思ったことを。


フィンケルスティーン5<ファイブ>』


「図書館の外でたむろしていた黒人の5人の少年少女の頭部をチェインソーで切断」「自分や自分の子どもを守るために」


凶行に及んだ。裁判で男は無罪となった実在の事件がモチーフ。不当判決に怒る黒人の若者エマニュエル。
報復に出る彼と裁判のシーンが入れ子で展開する。
書き出しの「頭のない少女が、エマニュエルに向かって歩いてきた」で吸いよせられる。

 

『旧時代<ジ・エラ>』
「長期大戦」と「短期大戦」を経て壊滅状態となった地球(たぶん)。子どもは「生まれる前に最適化」される。
優生学的見地からの遺伝子操作で生まれた子どもたち。当然「最適化不能」児もいる。その線引きがカースト差別となる。
学校の「「昔の暮し」の授業では、旧時代について話し合う」。「俺」は幸か不幸か遺伝子操作をされていない。いわば、旧時代の人間。
映画『ガタカ』とかザミャーチンの『われら』とリンクする。

 

『ジマー・ランド』
ジマー・ランドはリアルゲームパーク。そこでは黒人狂暴犯をやっつけるゲームがある。
あたかもゾンビをやっつけるシューティングゲームのように。そこの「キャスト」である「俺」。
ゲストは「俺」を偽の弾丸で撃つ。そして「警察署で尋問を受け」無罪放免となる。
ゲストは悪を成敗するヒーロー、ヒロイン感覚や殺人気分を味わえる。なんたるシュール、なんたるブラック。

 

『フライデー・ブラック』

お目当てのお得な商品を買いに客が殺到するブラック・フライデー。
「俺」はモール内にあるファッションショップの販売員。
売上はトップをキープしている。
客も殺気立つが、売り子もナンバーワンの売上を上げようと気合が入る。
客は暴徒のようにわれ先と押し寄せる。
バーゲンでおなじみの取り合い、奪い合い。
転ぼうものなら大勢に踏まれ運が悪ければ死に至る。
標数字を達成できなかったショックからか自殺する販売員も後を絶たない。
「俺」もなぜか客に腕を噛まれる。
今回も遺体が。「血だらけの」店内を出てやっと休憩に。
達成感と空腹でハンバーガーにありつく。
ブラック・フライデーの凄まじさをブラックに描いた作品。


ゴダールの『ウィークエンド』の車の炎上や延々と続く車の行列シーンを思い出した。
あるいはデビュー当時の蛭子能収の暴力的な不条理漫画を。

 

『アイスキングが伝授する「ジャケットの作り方」』
『小売業界で生きる秘訣』も販売員をテーマにした連作。

作者の実体験から生まれた作品だそうだが、客ハラスメントや売上至上主義などで
次第に仕事に対してモチベーションが下がり、熱が入らなくなってくる。


同時代性と言えばいいのか、昨今人気の韓国小説と通底するものがある。

たぶんWASPと呼ばれる人が黒人、ヒスパニック、アジア系の人に対して常套句のように言う悪口、「自分の国に帰れ」。
でも、あなたたちもヨーロッパからの移民の子孫だろが。

 

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