その男、「プロフェッショナル」につき

 

 

男 (講談社文芸文庫)

男 (講談社文芸文庫)

  • 作者:幸田 文
  • 発売日: 2020/07/13
  • メディア: 文庫
 

 

『男』幸田文著を読む。
好みの男性とか男性論とか書いたのかな。まさかと思いつつ読む。

 

違った。男の職業人、つづめて職人にしてもいい。
さまざまな仕事で「プロフェッショナル」である男たちの現場を
著者がたずねた随筆というよりも一種のルポルタージュ
ノンフィクションである。

 

幸田文といえば、その観察眼がある。
ぼくの敬愛するコピーライターの故・真木準(代表作「でっかいどお。北海道」)の
キャッチコピーに「肉眼カメラ」があるが、優れた「肉眼カメラ」を持っている。

 

そして旺盛な好奇心と行動力。
老いてなお盛ん。危険を承知でギリギリまで現場に行く。

この本の最後あたりに作者の取材風景の写真が載っているが、
いやはやそのバイタリティには恐れ入る。

 

羅臼の鮭漁」に従事する男に会いに行く。そのハードな旅。
「こだま号の運転士」に会いに行く。元祖鉄子
「肺の外科手術見学」。最新の手術の模様が的確に表現されている。理系か。
森林伐採」の男、「下水処理」の男、「ごみ収集」の男、
「救急隊」の男、「少年院」の教官、「橋脚工事」の男、「とび職」などなど。

見事なまでにサラリーマンはいない。

 

会いに行けなかったのは「海上保安庁」と「警視庁捜査一課」。
このお詫びの文がまた素晴らしい。

 

優れた「肉眼カメラ」の実例を引用で。


「美容院は化粧品の匂いがむんむんしているが、床屋さんにはポマードの香料にまじって、かすかだがはっきり消毒剤の匂いが漂う」
(「当世床屋談義」若い床屋さんを訪ねた章より)

 

「折柄、西陽が斜めに照りつけていた。そこの工事は九分九厘すんで、堅固で、整然として、外見もきれいに仕上がっている。外側に張り渡した簾には、たるみがなく、すきっとしていた」
(「ちどりがけ」とび職を訪ねた章より)

 

「いい男さんに出逢う」ことは「仕合わせ」

だと。

 

作者の男の原型は、作者に家事や炊事を通して一人でも生きていけることを仕込んだ、父・幸田露伴なのだろう。


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