差別を暴力や不条理で落とし前をつける

 

フライデー・ブラック

フライデー・ブラック

 

 

『フライデー・ブラック』ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー著  押野素子訳を読む。


Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)が収拾しないのに、
またウィスコンシン州で黒人男性が背後から警察官に発砲された事件が起こる。
人種差別が再び火種になろうとは。
差別は黒人にはじまり、ヒスパニックからアジア人、日本人にまで及ぼうとしているとか。

 

藤井光の解説で作者の「両親はガーナからの移民で父親は弁護士、母親は教師」を知る。1人の移民二世が27年間に見たこと、感じたことを書く。
とはいえ、ラップのリリックのようにダイレクトに社会の歪みや体制などを
批判はしていない。

SFタッチのものやブラックユーモアのものなど多彩な短篇小説にして

なんつーか落とし前をつけている。
生々しく凄惨なシーンもあるが、みずみずしい感性が光っている。

何篇か取りあげ、思ったことを。


フィンケルスティーン5<ファイブ>』


「図書館の外でたむろしていた黒人の5人の少年少女の頭部をチェインソーで切断」「自分や自分の子どもを守るために」


凶行に及んだ。裁判で男は無罪となった実在の事件がモチーフ。不当判決に怒る黒人の若者エマニュエル。
報復に出る彼と裁判のシーンが入れ子で展開する。
書き出しの「頭のない少女が、エマニュエルに向かって歩いてきた」で吸いよせられる。

 

『旧時代<ジ・エラ>』
「長期大戦」と「短期大戦」を経て壊滅状態となった地球(たぶん)。子どもは「生まれる前に最適化」される。
優生学的見地からの遺伝子操作で生まれた子どもたち。当然「最適化不能」児もいる。その線引きがカースト差別となる。
学校の「「昔の暮し」の授業では、旧時代について話し合う」。「俺」は幸か不幸か遺伝子操作をされていない。いわば、旧時代の人間。
映画『ガタカ』とかザミャーチンの『われら』とリンクする。

 

『ジマー・ランド』
ジマー・ランドはリアルゲームパーク。そこでは黒人狂暴犯をやっつけるゲームがある。
あたかもゾンビをやっつけるシューティングゲームのように。そこの「キャスト」である「俺」。
ゲストは「俺」を偽の弾丸で撃つ。そして「警察署で尋問を受け」無罪放免となる。
ゲストは悪を成敗するヒーロー、ヒロイン感覚や殺人気分を味わえる。なんたるシュール、なんたるブラック。

 

『フライデー・ブラック』

お目当てのお得な商品を買いに客が殺到するブラック・フライデー。
「俺」はモール内にあるファッションショップの販売員。
売上はトップをキープしている。
客も殺気立つが、売り子もナンバーワンの売上を上げようと気合が入る。
客は暴徒のようにわれ先と押し寄せる。
バーゲンでおなじみの取り合い、奪い合い。
転ぼうものなら大勢に踏まれ運が悪ければ死に至る。
標数字を達成できなかったショックからか自殺する販売員も後を絶たない。
「俺」もなぜか客に腕を噛まれる。
今回も遺体が。「血だらけの」店内を出てやっと休憩に。
達成感と空腹でハンバーガーにありつく。
ブラック・フライデーの凄まじさをブラックに描いた作品。


ゴダールの『ウィークエンド』の車の炎上や延々と続く車の行列シーンを思い出した。
あるいはデビュー当時の蛭子能収の暴力的な不条理漫画を。

 

『アイスキングが伝授する「ジャケットの作り方」』
『小売業界で生きる秘訣』も販売員をテーマにした連作。

作者の実体験から生まれた作品だそうだが、客ハラスメントや売上至上主義などで
次第に仕事に対してモチベーションが下がり、熱が入らなくなってくる。


同時代性と言えばいいのか、昨今人気の韓国小説と通底するものがある。

たぶんWASPと呼ばれる人が黒人、ヒスパニック、アジア系の人に対して常套句のように言う悪口、「自分の国に帰れ」。
でも、あなたたちもヨーロッパからの移民の子孫だろが。

 

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