ゴシック・ビルドゥングス・ロマン―ヴィクトリア・マッキャンドレスの生涯

 

 


『哀れなるものたち』 アラスター・グレイ著  高橋 和久訳を読む。

 

映画版『哀れなるものたち』(ヨルゴス・ランティモス監督、エマ・ストーン主演)を見てから、原作本を読む。

 

作者は、一風変わった装幀の古書を手に入れる。中身は天才外科医バクスターと彼の手術で蘇った女性の一生が綴られていた。というメタフィクションで展開する。

 

時は19世紀末、「ヴィクトリア朝後期」。場所はグラスゴー。女性が身投げした。監察医だったバクスターは、妊娠していた彼女の脳に、胎児の脳を移植、見事成功させる。身元不明の彼女。見た目は美しい大人の女性、でも知能は生まれたばかりの赤ん坊という逆「名探偵コナン」状態。バクスターは、当然、ジョン・ハンターをリスペクトしている。余談。


ベラと命名された彼女は旺盛な知識欲からか、日に日に知性が成長していく。ベラはバクスター「ゴッド」と呼んでいる。バクスターの友人であり後に助手になったマッキャンドルスと婚約する。

 

彼女はさらに知らない世界を知ろうと、悪徳弁護士ダンカンの誘いで何の躊躇もなしに、ヨーロッパ各地への旅に出る。案じる二人。名うてのプレイボーイ、ダンカンは途中でベラを捨てようと思ったが、彼女にすっかり魅了されてしまう。知識欲も旺盛だったが、性欲も旺盛だった、ベラ。

 

旅で出会った人々、光景は、いっそう彼女を成長させていった。しまいにはついていけなくなったダンカンは、文無しとなっても、ストーカーの如くつきまとう。心を病んだ彼は精神病院に収監される。

 

長い旅を終えて、晴れて二人は結婚となるが、そこに、待ったをかけたのが、夫というブレシントン将軍。詳しい経歴が紹介されている。これで一作、書けるほど。ベラの父親も。彼らは、「ヴィクトリア」と呼ぶが、彼女の記憶にはまったくない。

 

将軍は戦場ではヒーローだったかもしれないが、平場ではとんだDV野郎だった。まったく似ていないが、赤塚不二夫の漫画キャラ、やたら拳銃をぶっ放す本官さん(ピストルのおまわりさん)を想像した。

 

映画は3時間に及ぶ長尺で、よくできているが、それでも、もの足りなさを感じた身重のベラ(ヴィクトリア)が投身自殺した理由と医師になってからの人生の後半部分を、たっぷりと知ることができる。

 

メアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』は、醜い怪物として蘇生した男が、産みの親ヴィクトル・フランケンシュタインへの恨みを描いているが、ベラは、ことの真相を知っても、バクスターへの恨みは抱かない。バクスターは罪の意識にさいなまれていたが。それどころか、同じ医学の道を志す。

 

ゴシック・ビルドゥングス・ロマン。なんのこっちゃ1?

 

現代の入口は「ヴィクトリア朝」にあったとフーコーは言うが、この本でも自由、平等、貧富、女性への偏見と差別などを深く考える。当時の知識人たちの会話で知ることができる。


手塚治虫の『ブラック・ジャック』とバクスターがなんとなくかぶるのは、顔面の縫合跡のせいかも。ブラック・ジャックが甦らせたピノコは、ベラのようにはならなかったが。

 

作者は美術学校出身なので絵も達者で表紙から各登場人物や器官など独特の絵を披露している。『堆塵館』などアイアマンガー三部作の作者エドワード・ケアリーを思い出した。


映画版『哀れなるものたち』の短い感想メモ

 

エマ・ストーンが赤ちゃんから幼児、ティーンエイジャー、知的なレディまでを見事に演じ分けている。

〇『哀れなるものたち』とは、男性のことかと思えるほど、男のいろんなダメさをつくづく感じさせられる。

ヴィクトリア朝ではポルノグラフィーが盛んになったが、スクリーンからその時代の気分が味わえる。

アールデコ、アールヌーヴォー、フュチュリズム、ガウディ、ギーガーあたりなどをベースにつくりあげた美術が豪華、素晴らしい。

アンビエント・ミュージック風だが、どこかズレや狂いを感じさせるサウンド・トラックがクセになる。

 

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