『ラスト・ストーリーズ』ウィリアム・トレヴァー著 栩木伸明訳を読む。
タイトル通り最後の短篇集。「短篇小説の名手」とは聞いていたが、読むのははじめて。最初の『ピアノ教師の生徒』で吸い寄せられる。何篇か取り上げ、あらすじや感想などを。
『ピアノ教師の生徒』
ピアノ教師ミス・ナイチンゲールにレッスンに来た男の子。ピアノは天才的にうまかったが、彼が来てから家の物が紛失する。何年か後、大きくなった彼がやって来てピアノを弾く。彼女に去来する思い。
『足の不自由な男』
足の不自由な男が移民の兄弟に外壁塗装の仕事を依頼する。同居人のマーティナーは男には持ち合わせもないのに勝手に頼んだことにイラつく。作業は続くが、足の不自由な男の姿が見えない。兄は足の不自由な男は死んだと言うが。
『世間話』
突然の来訪者。インターホン越しに「うちの人がお邪魔してませんか?」と。間違いと思ったオリヴィア。うちの人とはヴィクニムでオリヴィアとは知り合いだった。訪ねて来たのはその妻。オリヴィアが道で転倒したところを助けてくれた。発明家であるヴィクニムは、レンジフードの取付を申し出る。妻子持ちのヴィクニムだが、彼女に恋をして一方的に迫る。困ったが、断った。なのに「夫を奪った」、「夫を返せ」。
『ジョットの天使たち』
絵画修復士の男。記憶障害の彼は夜、パブに入った。出しなに女性から声をかけられる。彼女はデニーズ。街娼だった。しばらく歩いて彼の住まいへ。描いた絵を見る。彼は性行為を拒否するが、要求通りの金額をくれた。彼が眠っているのを幸いに彼女は金の在りかを物色する。ビンゴ!デニーズは盗んだ金を一度は返そうと思うが。男はただ「天使」が舞い降りてくることを待ちわびる。
『冬の牧歌(イデイル)』
若かりし頃に出会ったメアリー・ベラとアンソニー。メアリーは「農園古屋敷(オールド・グレンジ)」の娘。アンソニーは屋敷で募集した「住み込み家庭教師」。お互いに好意は持っていたが、それぞれ別の道へ。地図製作者となったアンソニーは、結婚、二人の娘の父親となる。メアリーは24歳のとき、母親が亡くなる。そのショックで後を追うように父親も死去。「農園古屋敷(オールド・グレンジ)」を売却するか、継続するか、悩んだ挙句、引き継ぐことに。アンソニーは仕事で農場の近くへ行く。懐かしさの余り、農場を訪れる。再会した二人。アンソニーにはあの頃と変わらないようにメアリーが見えた。めらめらと恋の熾火(おきび)。二人で暮らしてみるが、一人で農場で生きていこうと決めたメアリーには彼の存在は重荷、過去の問題だった。恋愛小説みたいに、よりは戻らない。という小説。
優れた短篇小説は、少量の文字数ながらそれこそ長篇小説と同量・同質の世界観を内奥している。無駄な描写や説明などは徹底的に省く。仮に俳句的といっておこう。省かれた部分は読み手が想像力で補う。
通常のエンタメ小説は言葉ですべてを説明しようとする。そのスタイルになれた読み手には一見不親切に見える。でもさあ、純文学って不親切の最たるものじゃん。この本も各篇ともすぐ読めるが、よくわからない。再読、再々読してようやく見えてくる。
はじめ、アリス・マンローに似ていると思った。読んでいるうちになぜか 永井龍男を思った。ふと、成瀬巳喜男も。『浮き雲』『晩菊』など人生の機微や哀歓を辛口に表現した映画監督。成瀬の評伝を読むと、とにかくあがってきた脚本の台詞を削りに削ったらしい。みなまで言うな。映画なんだから絵でわかれ。役者の表情で伝えろ。なんか似ている。
「アイルランドのチェーホフ」とか呼ばれていることを訳者はあとがきで反対している。