レイモンド・チャンドラーやカーター・ブラウンの作品の名翻訳家だったことを知る前に『平凡パンチ』に載っていたエロユーモア小説を読んだ。
田中小実昌訳のフィリップ・マーローはなんか江戸っ子口調でチャキチャキしていた。
『たたけよさらば』
香具師の源太が亡くなって天国の聖受付係(セント・インフォメーション)へ。教会発行のパスポートがないと天国に入れないらしい。死んだ理由を聞かれても明確に答えられない。源太のユーレイは再び地上へ。自分で自分の聞き込みをして犯人を捜す。有力な証拠物件を見つけても聖受付係は認めてくれない。融通の利かない役所の窓口のように。
『幻の女』
ニューヨークに行っていたおシズが東京にいるという。東大出の画家といっしょに渡米したはずなのだが。おシズに未練がある「おれ」は行方を追う。知り合いにたずねる。画廊や夫のアトリエにも行った。ストーカーのようにおシズを探す。『幻の女』ではなかったが。
『海は眠らない』
外国貨物船の臨時検数員として来た「おれ」。一等航海士の船室に呼ばれ、犯されようとする。助けてくれたのは、一等航海士の女。いきおいで関係を結ぶ。その間に一等航海士は殺されていた。その嫌疑が「おれ」にかかる。ハードボイルドな文体で書かれている。
『氷の時計』
翻訳仲間の安西の家が崖崩れにあって妻と長男が亡くなった。安西は行方不明。案じている太田と戸川。そこに警官と遠縁の人に連れられて安西の長男が。では、崖崩れで亡くなった長男の死体は誰なのか。
『動機は不明』
10月の海。まさに「誰もいない海」。それを満喫している「ぼく」。セルの着物を着ていた妙齢の女性を見かけ、色気を感じる。定宿にしている民宿。そこで再会する。知り合いのホステスとマネージャーが来て静かだった日々がにぎやかになる。その夜、ぼくが寝ていると女性が忍び込んできた。なじみのホステスのアリ子かと思ったが、何か
違う。翌日、聞くとアリ子は来ていないと。さらにアパートで急死したという。ぼくが寝た相手は。やはりセルの着物を着ていた女性だった。逢瀬を楽しむ。ところが、こちらもそんな女性はいないという。これ、タイトルが良くない。
呑み屋の女性が多く出ているのは酒好き・人好きの作者らしいなと思えるが、
登場人物に画家や美大生が良く出ている。
義弟が画家の野見山暁治だからなのだろうか。邪推。
乱歩いうところの「奇妙な味」の短篇集。