『変格ミステリ傑作選 戦後篇1』竹本健治選に収められている『陰獣トリステサ』橘外男著を読んで、すげえ!と思った。
怪談の名手として知られる作者。『蒲団』や『逗子物語』の名前は知っていたが、読むのは初めて。Jホラーのなんつーか、じわじわ来る、湿り気を帯びた怖さが存分に味わえる。朝宮運河の解説を読むと、実人生も山あり、谷ありだったようだ。かいつまんで各篇の内容をば。
『蒲団』
古着屋が東京で破格値で手に入れた縮緬蒲団。その日から良くないこと、不幸なことが続く。その蒲団で寝ると血塗れの美人が出現すると。その蒲団に仕込まれたものが薄気味悪い。ついにお寺に預けて回向してもうことに。落着か。違う。そのお寺が火事に見舞われる。例の貞子の呪いのビデオテープのようなものと言えばお分かり願えるだろうか。なるほど、よくできている。
『棚田裁判長の怪死』
棚田家は家老職をつとめた名家。かつての先祖が腰元を気に入っていたが、なびかないのでお手打ちにした。腰元には僧侶の許嫁がいた。さらに僧侶を火あぶりで殺してしまう。その怨念からか裁判長をしている当主・晃一郎の家族は亡くなってしまう。医師をしている私は幼なじみで久しぶりに棚田家を訪れる。ピアノを見つける。家を守っている老爺から晃一郎はピアノに熱をあげ、今は知る人ぞ知る的作曲家なんだそうだ。その作曲は、実におぞましいものだった。
最後はなぜか判事同士で決闘をして二人とも絶命する。遺族が古寺で御霊を弔っていると発火して焼死する。寺の焼け跡から古い女性の遺骨が。腰元のものなのか。
『棺前結婚』
産婦人科の権威・八木沼博士は、若き俊英・杉村を高く評価している。杉村の家は産婦人科病院。父親が亡くなった後、芸者上がりの母親と知り合いの男性が切り盛りしている。しかし商売は芳しくない。博士は杉村を研究の道を究めてもらうつもりだが、母親は早く跡を継いで病院を再生してもらいたい。板挟み状態の杉村。博士が杉村に娘を紹介、結婚する。飛騨の旧家のお嬢さん・頼子。器量よしの才媛。母親は気に入らない。嫁・姑問題。俗っぽくて面白い。
後半になって怖くなっていく。頼子が肺を患う。好機とばかり、母親は嫁に離縁を迫る。研究バカの杉村はまったく知らない。実家で療養することになるが、結果、一方的に離婚させられる。悲観した頼子は自死する。事の真相を知ったが、遅かりし、杉村よ。死んでも愛する気持ちは消滅しないのか、頼子は杉村の命を救う。ぼくには、頼子しかいない。遅かりし、杉村よ。
棺から取り出した妻の亡骸と再び結婚式をあげるシーンは、純愛か、グロテスクか。地名を外国に、登場人物を外国人名にすれば、翻訳物のゴーストストーリーになる。
『生不動』
若い芸者と逃避行をした私は冬の北海道を転々とする。うらぶれた港町に投宿した夜、火事と遭遇する。火だるまになった三人を目撃する。この世の生き地獄に思えた。見舞いに行き、あてのない旅に出る。彼女と別れて上京した私。炎上シーンの描写が凄まじい。
『逗子物語』
東京で妻に先立たれ消沈した私は逗子にいた。逗子の了雲寺という荒れ寺に出かけると、ある墓の前で老人と妙齢の女中と美少年と出会った。そのことを地元の人間に話すと、たぶん、それは日野涼子というピアニストの別荘があるから、そこの人ではないかと。再び、了雲寺で一行と出会う。ところが、日野家の別荘の住人たちはことごとく亡くなっているという。妻を亡くして悲しんでいる気持ちが死者と交感したのだろうか。私は東京へ。兄のもとへ一時厄介になることに。タクシーで向かうと、子どもが徘徊していると。それはあの美しい男の子だった。私は彼を迎え入れる。
『雨傘の女』
私が逗子駅に着くと激しい夕立に見舞われた。赤ん坊を背負って破れた傘を差した女性を見かける、手にはもう一本傘が。その女性が不幸な身の上であることは知っていた。女性は傘を差しだす。丁重に断り雨宿りしていたが、猛烈な寒気に襲われる。帰宅すると、妻から、その女性のことを聴かされ、驚愕する。
『帰らぬ子』
長男は生まれつき病弱で若くして亡くなる。利発な子だっただけに作家である私の哀しみも深く、一時期はまともにペンをとることもできなかった。次男は元気いっぱいに育った。いまどきの若者らしく山登りやオートバイにうつつを抜かす。私小説なのか、私小説風なのかはわからないが、親の子への思いをユーモアをまじえながら書いている。ある日、自宅で音が聴こえる。子どもの足音のような、確かにそれは亡くなった長男の足音だ…。