ホールデン・コールフィールド後日譚ほか

 

 

『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる ハプワース16、1924年』J.D.サリンジャー著 金原瑞人訳を読む。

 

訳者あとがきによると、この9篇は単行本未収録の作品だとか。ぼくは19歳の時、『ライ麦畑でつかまえて』で主人公ホールデン・モリシー・コールフィールドに深く、強く共感したが、その後のホールデンを書いた作品があるとは知らなんだ。これらが『ライ麦畑でつかまえて』につながるわけなんだけど。


ホールデンものとそれ以外の初期の作品。それから最後の作品『ハプワース16、1924年』。いわば新人作家だと清新さ、フレッシュさが常套句だけど、新人ぽくない。上手くて洒脱で隙がない。何篇か紹介。

 

『マディソン・アヴェニューのはずれでのささいな抵抗』
クリスマス休暇にわれらがホールデンはサリーとデートする。キスをしたり、芝居を観たり、アイススケートしたり。エンジョイ、青春!のはずなのに、厭世的でアイロニカルなホールデンは学校への不満をサリーにぶつける。サリーと別れてから友人と酒を飲む。酔った勢いでサリーの自宅へ電話する。寒さに震えながらマディソン・アヴェニュー行きのバスを待つ。ふらふら、不安定。多感な十代。

 

『最後の休暇の最後の日』
休暇中のベイブ二等軍曹の自宅をヴィンセント・コールフィールド伍長が訪ねる。入隊前は作家でラジオ番組の構成をしていた。ホールデンの兄だ。19歳になったホールデンは戦地で行方不明らしい。ライ麦畑じゃなくて。二人とも休暇明けには戦地へ送り込まれる。限られた時間の中で死への不安から目をそらそうと、とりとめのない話をする。


『フランスにて』
第二次世界大戦、フランス戦線。ベイブは疲れ切っていた。ドイツ兵が掘った塹壕で眠ることにする。汚れている体、疲労困憊の気持ち。ここから脱出できるおまじないを唱えたが、叶わなかった。最愛の妹マティルダからの手紙を読む。「三十何回目かだ」。戦争は勝利した。しかし勝ったとしても失ったものは少なくない。作者の戦地体験が生々しく描かれている。

 

『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる』
場所はジョージア州、豪雨の中、進む軍用トラック。ヴィンセント・コールフィールド伍長は、ホールデンの手紙が入ったレインコートを盗まれた。彼は「(ヨーロッパ戦線で)戦闘中に行方不明になったままだ」。暇つぶしに他の兵隊たちと話をする。案じる兄。冗談じゃないのか、行方不明は。ドッキリと書かれたプラカードを持って微笑みながらホールデンが現われないのか。

 

『ロイス・タゲットのロングデビュー』
ロイス・タゲットは宣伝係のビル・テダートンと恋に落ち、結婚した。彼は優しくて幸せな結婚生活だった。ところが、突然ビルは煙草の火をロイスに押し付けようとした。逃げる、彼女。ひたすら謝る、彼。「一週間後」「ロイスにゴルフのクラブの振り方を教えていた」ビルが、ロイスの足元へクラブを振り落とした。とんだDV野郎というか心の病を抱えていた彼と離婚。すぐさまカール・カーフマンと再婚。華やかな世界へデビューしたものの赤ん坊を亡くす。「愛さなかった男」と砂を噛むような毎日。

 

『ハプワース16、1924年』
グラス家の長男であるシーモアが7歳の時、書いた家族宛ての手紙を弟で作家のグラースがタイプしたという作品。長い手紙、早熟にもほどがある文章表現。この過剰さ、ウッディ。アレンの一人喋りを思わせる。後々『バナナフィッシュにうってつけの日』で自殺するシーモア

 

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