ふしぎなはなし

 

 

『密室殺人ありがとう-ミステリ短篇傑作選-』田中小実昌著 日下三蔵編を読む。

 

かつて中間雑誌に掲載されたミステリをピックアップした未書籍化ミステリ短篇集。
作者は、作家になる前、翻訳家でレイモンド・チャンドラーやカーター・ブラウンなどを訳していた。ハードボイルドな文体とは、うって変わって軽みのある奇妙なはなし(by乱歩)が読める。時には、コミカル。時には、エロチック。

作品によっては、村上春樹くりそつな乾いた文体に思えてくる。

 

主人公はかつて米軍の施設で働いて、いまはミステリの翻訳などをしている。
金はないが、毎日酒場で飲んで、そこの女性ともなんか関係があったりして。
って、作者の分身だろう。


『金魚が死んだ』の中で、ミステリについて作者の考えを登場人物に語らせている。
二か所引用。

 

エドガー・アラン・ポーがあらわれて、探偵小説がはじまるまでは、そういった分野では、ミステリが主流でというより、ふしぎなはなし、(ミステリ)」

 

推理小説、ミステリでは、じつは犯行の動機がいちばんだいじだと言われている。意外な犯人はけっこうだが、その犯人が、どうしてそういう犯行をしたか、その犯人が、どうしてそういう犯行をしたか、動機がしっかりしないと、読者はだまされた気持ちになる」

 

ぼくはミステリよりも「ふしぎなはなし」の方が好きなので、
最後に私立探偵や刑事や精神分析医などが自慢たらたらに動機や因果関係などを明かされなくても一向にかまわない。

 

何篇かはなしのさわりを紹介。

 

『りっぱな動機』
自称画家のぼくは、ウシと呼ばれている。ある日、1万円を拾って気が大きくなってはじめて新宿のキャバレーに入った。料金を払おうとしたら、拾った一万円札が見つからない。ウシは、支配人トラから飲み代の代償に妻クマの殺人を依頼される。ところが、ウシはクマに一目ぼれする。幸いにもトラが亡くなってウシとクマは夫婦になるが…。

 

『死体(しにたい)の女』
広島の中学で同級生だったぼくと根本。根本から寝た女性は、いい女だが死体(しにたい)の女、マグロ女子だったと聞く。新宿のバーのママに会いに行くと、知っていた女性・千佐だった。彼女はぼくが紹介して友人反野の愛人になっていたはずだが。彼女がなぜか反野の秘書の戸川を殺したらしい。

 

『なぜ門田氏はトマトのような色になったのか』
旧制高校での年上の同級生だった門田。出世して経営のトップになった。しがない翻訳家のぼくは偶然、彼と再会する。彼には他人に言えない秘密があった。花園で懇意にしていた女の子が陸橋から身を投げた。死んだと思っていた女性が呑み屋にいた。生きていた。咄嗟に顔色がトマトのような色になる門田氏。

 

『バカな殺されかた』
米軍の病院で知り合い、かつて翻訳仲間だった月川旦が殺された。なぜ毒入りチョコレートを食べて死んだのか。彼は結婚していることを隠していた。なのに、違う女性にプロポーズした。既婚者であることを知った彼女。怒りの余り。


『密室殺人ありがとう』
新宿・花園の狭いスナックでアルバイトをしているモチ子が殺された。色が白くてモチモチしているから、モチ子。よりによって密室殺人とは。あれこれ推理するぼく。ところが、モチ子は生きていた。喜びの余り、抱きしめてベッドイン。

 

『板敷川の湯宿』
東京の灼熱地獄から逃げ出して目的もなく田舎へ。板敷川沿いのひなびた温泉宿に泊まる。旅館にあるバーで飲んでいた。訳ありカップルが先客でいた。そこへしろいワンピースの女が入って来た。バーは看板となり、宿に戻ると、その女性がぼくのもとに。
三十路前のいい女。抱くと驚くほど冷たい感触。その女性の正体は。珍しくホラー感がたっぷりの作品。


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