父、母、息子、三つ巴の殺意―中華家族ノワール小説

 

 


『中国のはなし-田舎町で聞いたこと』 閻連科著 飯塚容訳を読む。

 

作者が母の誕生日のパーティーのため、郷里に帰る。宴が終わった後、とある若者が作者に自分の家族の隠された話を囁く。そこから話が始まる。

 

家族は河南省の田舎の町に住んでいた。中国の改革によりその恩恵を受けたり、商売が当たって金持ちになり、町は新築ブームに沸いていた。ところが、この家族、商売下手な父親は西瓜を売って、母親はマントウを売ってささやかな日銭を稼いでいた。家もみすぼらしい。宅地だけはあるが、いつ新築できるのか予定はまったく立たない。当然のことだが、中国人民みな、金持ちになったわけじゃない。


各章ごとにぼく(息子)、父親、母親が主人公となって家族や社会への不満そして「息子は父に、父は母に、母は息子に殺意を抱いた」経緯などが語られる。中華家族ノワール小説、いわゆる「暗黒小説」として面白い。えっ、殺意は抱いても、ほんとに殺すの。作者は、読み手をじらす。

 

第一章では、息子が語る。父親への恨み、つらみ、殺意の歴史を話す。息子はこの町にいても自分の未来はひらけないと、まずは中国の大学に進学した。町でも大きな話題となった。ゆくゆくはアメリカ留学をして成功することを夢見ていた。それには莫大な金がいる。親に夢を話したとてわかってはもらえない。息子の留学費用が払えるくらいなら、家の新築費用に回すだろう。注射で、かさを水増しした野菜を売るなどせこい商売で家を新築した通称・野菜じじいにダメもとで留学費用の相談をする。殺そうとはするが、結果的には未遂に終わる。しまいには理髪店にいる南方から来た女の子の色香に迷い、ねんごろになる。

 

第二章では、父親が語る。金持ちになって立派な家を建てたのはよそ者。貧乏くじばっかひいてきた彼にも運が回って来た。町一番の金持ちの電気店の奥さんが、名ばかり愛人になってくれないかと。夫は、愛人の元へ入りびたり。私も愛人をつくり、離婚して財産を半分奪いとってやると。家が新築できるくらいのお礼をすると。万が一、夫とトラブルが起きて大怪我したら一生面倒をみても構わない。親父の妄想はふくらむ。奥さんと再婚したら。それには女房が邪魔だ。どう始末するか。あれこれ考える。結構な額の手付金をもらったが、それを、なんと息子が婚約したというので女房はそれに使ったと。「別れてくれ」と言ったら、怒り心頭、家じゅうの茶碗を割ってしまった。電気店の奥さんは離婚を止めることになり、親父の計画は水泡に帰す。

 

第三章では、母親が語る。せがれが大学に行くときは、まるで出征するかのように町中の人が見送ってくれた。ところが、大学はインチキだった。息子はだまされ、入学金は一部が返済されたのみ。再び、アメリカへ留学したいと。何を抜かす。咄嗟に殺意が芽生える。北京の大学院で勉強していると言うが、違った。実際は、子どもができた。理髪店にいた娘が母親。挙句の果てに替え玉受験の一味になって逮捕、拘留。マントウ店を担保に借りたお金で保釈させる。せがれはすっかり都会人になってしまった。井戸に細工をして転落死させようとするが、息子は気が付いて井戸に落ちることはなかった。

 

第四章で、一家は、ついに念願の新居を手に入れる。ただし、水道も電気もない山奥。意外なことに家族は静かな暮らしに満足のようだ、いまのところは。殺さなくて、殺されなくて、ほんと、よかった。破滅的じゃない、破綻しない結末は作者の作品では珍しいのでは。


いつも素朴に思うんだけど、商売上手な中国人の国家体制が共産主義国家というのは、何か矛盾を感じる。イデオロギーと経済は違うって、どうもダブルスタンダードのような気がしてならない。

 

この作品は他の作品よりも読みやすいので、初めて読む人におすすめ。


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