恨みはらさでおくべきか―お陀仏ホテル

 

 

『大仏ホテルの幽霊』 カン・ファギル著 小山内園子訳を読む。


『ニコラ幼稚園』という小説を書きあぐねていた作者。誰かが創作の邪魔をする。声がする。幼い時から、この声に悩まされていた。


男友達のジンが、「ニコラ幼稚園」と「大仏(テブル)ホテル」は、似ていると言う。仁川に建てられた大仏ホテルは、韓国初の西欧式ホテルとして知られているが、その後、大仏ホテルは売却され、ホテル兼中華楼(レストラン)となった。そして彼女が訪れた時には、取り壊されて、空き地になっていた。

 

話は1950年代に遡る。ホテルを切り盛りしているのは、英語ができるコ・ヨンジュ。ゆくゆくはアメリカ移住を考えている。客引きをしているのは、同年齢のチ・ヨンヒョン。朝鮮戦争での国連軍による月尾島の無差別攻撃で家族を失っている。中華楼の料理人は、ルェ・イハン。華僑で韓国人からは敵視されている。


いつからか、このホテルには幽霊が出ると噂されるようになる。それを知ったゴシック・ホラー作家シャーリイ・ジャクスンがやって来る。新作のホラー小説を執筆するためにしばらく投宿する。産みの苦しみか、『夕鶴』の、つう状態。

 

いまやホテルの往時の賑わいは過去のものとなり、すっかりうらぶれたホテルを舞台に、予期せぬことが次々と起こる。悪霊の仕業なのか。って、どうしても『シャイニング』を思い浮べる。


さらに高名な女流作家が、まさかの降臨…。ラスボス感、満点。

 

たまたま『映像の世紀 バタフライエフェクト』で朝鮮戦争の回を見ていた。最初は北朝鮮・中国軍が圧倒的に優勢だったんだ。知らなかった。で、ようやっと韓国・国連軍(という名目の米軍)が仁川上陸作戦で反攻に出るが、そこで行われた無差別攻撃。北朝鮮軍のみならず韓国の民間人もいたが、一緒くたに殺される。

 

コ・ヨンジュ、チ・ヨンヒョン、ルェ・イハンの胸の内や隠された真実が明らかになっていく。それぞれの恨み、憎しみ、哀しみ。じわじわ、来る。それこそ、大好きなシャーリイ・ジャクスンの作品を彷彿とさせる。

 

作者がWebサイトで韓国をテーマにした彼女の短篇スリラーを見つける。恐るべき内容だったが、後日ネット検索しても、その作品には二度とお目にかかれなかった。こんな感じで、事実と虚構が巧みにミクスチャーされ、読んでいて頭がグルグルした。最後の着地も素晴らしくって。いやあ、すっかり、作者の術中にはまってしまった。

 

最近読んだスリラーでは最も面白かった作品。


『大丈夫な人』に収録されている、作者の『ニコラ幼稚園』を読まねば。


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