あの頃に帰りたい―追憶の1989年

 

 

『ツアー1989』中島京子著を読む。


時はバブル末期の1989年、まだ英国領だった香港への不可思議なツアー「迷子つきツアー」に参加した女性をめぐる話からスタートする。そのツアーを調べているフリーライター。彼女の名前を騙ってブログを開設して本人には覚えのない香港のいわば逢瀬が書き込まれる。女性は銀行を退職して職場の男と結婚してたぶん倦怠期。つーか、ありがちな平凡なデイリーライフ。「リフレッシュ休暇」でこの香港ツアーに参加した中年男も、ビンボークジをつかませられ、自宅マンションを処分する羽目になる。

 

フリーライターがネット検索で核心にじんわりと迫っていく。たかだか、15年余り前のことなのに、記憶をたどり、事実を知ろうとすればするほど、迷宮にはまり込んでいく。


テディ・リーなる香港のツアーコンダクター。ぼくが香港に行ったときも、女性添乗員は広東語になると、いつもケンカしているような口調でしゃべっていた。オプショナルツアーのマカオをキャンセルしてスターライトフェリーに乗るといったとき、明らかにイヤな顔をした。

 

この本にも出て来るが、その当時、バックパッカーが起業家に転じて、小さな旅行会社が急成長を遂げた。


タイガーバームガーデンやホテルペニンシュラ、まだクーロン城も健在だった香港。轟音とともに、ビルの間から出て来るように見えるいまは亡き啓徳空港からのジェット機

 

謎の「吉田超人」を追って、アジアの迷宮香港からタイへ舞台は移り、謎は明かされるのだが。4つのエピソードが最後に絡み合う。

 

旅に出てそのまま根無し草のように海外に居ついてしまった人間は、いま、何を考えているのだろう。ぼくがバリ島ですれ違ったダイビングスクールのアシスタントをしていた関西人の彼は帰ってきたのだろうか。相変わらずやる気のないまま観光客を乗せてマイクロバスを運転して、ダイビングスポットへ行く船着場まで案内しているのかな。

 

別にミステリー仕立てではあっても、ミステリーではないのだが、作者のうまさにまんまとのせられ、1989年を振り返させられてしまった作品。戻れっこないのは知っているのに、しばし思いをはせる。


いちばんの迷宮は、香港やタイの都市ではなく、インターネットでもなく、人間の心なんだろうなと軽くため息。


この1年後、1990年あたりからバブルが崩壊して、失われた10年がスタートする。さて、あなたは何を失ったのだろうか。


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