探偵は古書店にいる

 

 

『愛についてのデッサン――野呂邦暢作品集』野呂邦暢著を読む。

表題作に特化したレビュー。

 

主人公は佐古啓介。元編集者、現在は古本屋の二代目店主。
彼は父親が亡くなって店の跡を継ぐ。父親は継がせる気はなく、彼は大学に行き、
出版社に就職した。編集者という仕事が合わなくて父親の死去をきっかけに店主となった。妹・友子との家族経営の店。

 

そこに古本をテーマにさまざまな依頼が舞い込む6篇の連作短篇集。

著者は古本屋と本、特にミステリーに目がなかったそうだ。
とするとこの作品が書かれるのはある意味、必然だったかもしれない。

 

古本稼業の内幕が詳しく描かれている。
初版本だけでなく作家の手書きの生原稿も高価に取引されるなど。
いまはパソコンでタイピングしてデータ送信だからなあ。

 

古本屋で本を買う。安く買うこともあるが、絶版となった本と出会えることもある。
本を売る。今なら断捨離とかかもしれないが、当座の生活資金捻出の一部だったり。
あるいは本の蒐集家が亡くなって家族が処分するとか。

 

新刊本よりも古本のほうが何となく重たくて、大げさに言えば人生やドラマを
感じさせる。古本屋という仕事も探偵に不可欠な人間観察眼が自然と身につく仕事なのだろう。

 

短くストーリーを紹介。

 

『燃える薔薇』
啓介の大学時代の友人岡田の知り合い望月洋子からの依頼で父の郷里である長崎へ。
飛行機嫌いなので新幹線で。目的は最近事故で亡くなった伊集院悟の肉筆稿。『燃える薔薇』は伊集院の詩集の題名。目録を頼りに探す。伊集院悟には英国人の血が流れていてハンサム。無頼派、聞こえはいいが、生活能力には乏しく妹・明子に実質養われていた。妹にも会う。洋子と伊集院の関係は。肉筆稿は入手できるのか。

 

『愛についてのデッサン』
古本市で丸山豊の詩集『愛についてのデッサン』を入手した啓介。それは岡田の姉京子に贈ったものだった。彼は2歳年上の京子が好きだったが、彼女は拒否した。甦る思い。足は自然とスナック『青い樹』へ向かう。マスターの秋月老人が風邪気味で店に来られない。食事を届けに行く。秋月は最近熟年離婚した。本だらけの部屋。本を読むために離婚した。ところが秋月はガス自殺した。

 

『若い砂漠』
啓介は大学時代に鳴海という友人がいた。彼は一攫千金を夢見る小説家志望。「大学新聞の懸賞小説で入賞したことがあった」。しかし、ビギナーズラックだったのだろうか。行方が気になって探してみるといまだ郷里に帰って小説を書いていた。彼の店に通う老いた労働者風の男。彼は代金を負けたりする。岡田からかつて人気のあった大衆作家であることを知らされる。夢を捨てきれない者と夢から降りた者。


『ある風土記
啓介と岡田の大学時代の恩師綾部が亡くなった。綾部の出世作出雲風土記』。この本を書くために出雲を頻繁に訪ねて、そこである女性と知り合い、子どもまでできたという。綾部には妻子がいた。出雲の女性や娘の行方を追う。教授の「限定本『出雲風土記註解』」がギャラ。京都で娘と会う。


『本盗人』
店番をしている啓介。このところよく現れる女子大生風の女性。本を眺めるが、買わない。気になる。不審な男がいた。てっきり万引きかと思ったら勇み足だった。濡れ衣を着せて謝礼をせしめる手口。彼はまんまとはまった。高額な古本が盗られていたこともある。さて彼女。恋人が万引きした本をこっそり返しに来た。彼女、笠原恭子は長崎出身だった。

 

『鶴』
父親の友人である同郷の税理士・大曾根が蔵書の処分を依頼してきた。そこで父親が長崎にいた頃短歌を詠んでいたことを聴かされる。初耳。短歌の同好会も開いていた。再び、長崎へ。その会での恋愛関係やサヨク思想など父親の知り合いを訪ねる。なぜ父親は長崎へ帰ることがなかったのか。

 

各篇に出て来る女性キャラクターがいずれも魅力的。

いちばんと思われる決め台詞を引いてみる。妹への一言。

「本を探すだけが古本屋の仕事じゃない。人間っていつも失った何かを生きているような気がする。そう思わないか、友子」

カッケー。ハードボイルドじゃん。


このシリーズの新作が読みたかった。叶わぬ望み。
映画でも見てみたい作品。

 

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