『ユダヤ人の生活―マゾッホ短編小説集』 L・V・ザッハー=マゾッホ著 中澤 英雄訳を読む。
昔、ロンドンで山高帽に長いアゴヒゲ、黒ずくめの男性集団を見かけた。異様に思えたが、ユダヤ教のラビだと後で知った。
マゾッホがリスペクトするユダヤ人(イスラエル人とも表記している)の根底を成すユダヤ教に基づく独自の文化や風習を記した16篇の短篇集。ノンフィクションとも思えるようなリアルな作品。原注と訳注が豊富で助かった。でないと、ほんとに分からない。
作者はこう述べている。
「イスラエル民族は最古の文化民族であるばかりでなく、今日のヨーロッパの、人倫の高度な段階に到達した教養ある諸民族でもあるのだ。それは、もっとも純粋な神信仰と、もっとも優れた道徳と、もっとも穏やかな生活風習を持ち、人間の知識のあらゆる領域において、もっとも活発な活動を展開してきた民族なのである」
この本が書かれた「19世紀末ヨーロッパでは、反ユダヤ主義が高まりつつあった」。
その風潮に対してこう書いている。
「他の民族のイスラエル民族に対する憎悪は、インディアンの白人猟師に対する憎悪や、野蛮人の文明人に対する憎悪と同類なのである」
「イスラエルが建国されるまで「国を持たない民族」であったユダヤ人」たちのユダヤ人街(ゲットー)などヨーロッパ各国での暮しが物語になっている。
マゾッホとは思えないほどのハッピーエンドやほのぼのとした話もある。意外でしょ?
3篇紹介。3篇とも結婚の話になってしまったが。
『ホルトの製本屋 ハンガリーの物語』
ハンガリーのとある村に「ジムカ・カリマンという名のユダヤ人が製本屋」を開いていた。本好きだったが、貧乏だったので本が買えず、製本を依頼されたさまざまなジャンルの本を読むことにしていた。製本代は決まっていたが、装丁は彼の判断で行っていた。
彼にはもう一つの仕事があった。「恋文の代筆屋」。なかなか文才があるらしく、彼の代筆は評判が良かった。彼の代筆で結婚に至ったカップルが何組もいた。
『美男のカーレプ ボヘミアの物語』
次男坊のカーレプはちやほやされて育った。ルックスにも自信があって周囲のユダヤ人から「美男のカーレプ」というあだ名をつけられた。
金持ちで美人の娘との結婚を夢見ていた。結婚仲介業者トライテルが結婚相手を探すと言うが、断る。トライテルに足が曲がっていることを指摘される。足を隠す衣装をまとうカーレプ。借金で派手な生活をしていたが、もう限界。再び現れたトライテル。彼の申し出にすがることにする。
結婚を半ば諦めた金持ちの孫娘がいる。人間がムリならイケメンのゴーレム(人造人間)でもよい。カーレプはゴーレムになりすます。孫娘のイェンタは彼よりも背が高かった。で、カーレプはシークレットシューズ&山高帽で対応する。割れ鍋に綴じ蓋?二人は幸福な結婚生活を送る。
『偽ターラー銀貨 南ドイツの物語』
マルティン・フリードリープは「町一番の金持ちで玩具工場」を持っていた。ところが、大学教授になるため長期の勉強と旅行で財産を使い果たす。
メルティンは芸術に造詣の深いジンデル夫人を訪ねる。そこで娘のデボラと出会う。お互いに一目ぼれ。夫人は二人の結婚に賛成だが、父親のジンデルはいまや文無しのマルティンの将来を不安視する。そしてマルティンに手切れ金として1万マルクを提供すると。躊躇するが、デボラも受け取ることをすすめる。
その直後、ジンデル家へ来たマルティン。1万マルクはターラー銀貨でもらったのだが、偽貨だった。ジンデルはマルティンを試していたのだ。二人の結婚は認められる。
参照