「20歳代の」本邦初訳のレムの作品集

 

 

『火星からの来訪者-知られざるレム初期作品集-』スタニスワフ・レム著 沼野充義訳 芝田文乃訳 木原槙子訳を読む。


作家のデビュー作や初期の作品集には「フレッシュ」とか「若い才気がほとばしる」とか「粗削り」とかの常套句がつくことが多い。スタニスワフ・レムの場合は、違った。デビュー作から、レムだった。ただし、第二次世界大戦後すぐなので作者自身の体験や感じたことが生々しく反映されているとは思うが。短く紹介。

 

『火星からの来訪者』
第二次世界大戦中のアメリカ。宇宙から謎の物体が飛んできた。はじめは隕石かと思われたが、ロケット。それは火星からのものらしい。中にいる火星人を研究所に移送して様々なコンタクトを図る。しかし、意志の疎通は困難だった。だって同じ地球人同士でも、いまだ、いがみ合っているものね。火星人の狙いは地球侵略なのかというお約束をどうこなしているか。研究員たちが絶命し、研究は断念。絶望という苦い結末。この作品がさらに膨らんで『ソラリス』などのSF作品になったというのも首肯できる。

 

『ラインハルト作戦』
沼野光義先生の解説によると、「『ラインハルト作戦』は、ユダヤ人大量虐殺殺人事件」だそうだ。青年医師チシニェツキは、ユダヤ人ではないのに、ユダヤ人に間違われて捕獲され収容所行きとなる。何度となく弁明するが通じない。どんどん悪い方向へ進む。ヒッチコックの映画の不幸な主人公のように。安直なユダヤ人の見分け方、あやうくパンツを脱がされそうになるが。ラストが壮絶つーかリアル。ユダヤ人である作者は、どう逃れたのだろうか。

 

『異質』
ナチス・ドイツからの空襲を受けていた頃のロンドン。少年・ジムが「永久機関」を発明したという。彼はホワイトヘッド教授に発明の真贋をお願いする。教授はひょっとしたら大発明かもと思う。その直後、空襲に遭遇した二人。

 

ヒロシマの男』
主人公の名前はサトウ・ウィットン。父が英国人、母が日本人のハーフ。見た目は日本人っぽい利点を生かして戦時下、スパイとして日本に潜伏。不幸にも広島で被爆する。サトウの消息を探しに敗戦間もない残留放射能も高いと思われる広島へ。映像による原子爆弾が炸裂するシーンは、不謹慎ながらも圧倒的。人間もしくは化学が生んだ悪魔の業火。被爆したサトウ。心身ともに襲う痛みやセルフアイデンティティへの苦しみ。

 

『ドクトル・チシニェツキの当直』
戦後すぐのポーランド産婦人科医院が舞台。まさに当直医チシニェツキの24時間がノンフィクションを思わせるスタイルで書かれている。解説から引用すると、おそらく収容所から帰還した医師。懸命の治療もかなわず生まれたばかりの赤ちゃんは亡くなってしまう。

 

『青春詩集』
レムが詩を書いていたとは。意外な気もするが、書かれた言葉の端々や比喩などには後年SF小説に結実するものを思わせる。

 

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