出逢い、別れて、見えてくるもの

 

 

『心のこり』藤堂志津子著を読む。

 

時々、切ないほどの、恋愛小説が読みたくなる。と、いう感覚は、時々、どうしようもなく甘味処で栗ぜんざいが食べたくなるのと似ている。男だろうが、オジサンだろうが、そういうことって生理的にあるのだ。摂氏30℃を越えると、がりがりくんが齧りたくなり、セブンイレブンに走りたくなるし。で、触手が伸びたのが、恋愛小説の名手と誉れ高い作者の短篇3作からなる本作。

 

『心のこり』

主人公は、女性46歳、独身、仕事のできる、違いのわかる女。彼女には、本当に好きな、と言うよりも愛する男がいた。妻帯者の男は、本格的な恋愛泥沼に入る前に、自ら身を引いた。略奪愛もできずに、ただ弄ばれただけなのかと彼女は深く傷つくが、何年後に、彼が死去したことを知る。呆然自失となった彼女は、かつて同じ職場で好意を抱いていた11歳年下の男と会う。恋愛は固く封印していたはずなのに、亡くなった男の心の隙間を埋めようと、いともたやすく封は解かれ、年下の彼と逢瀬を重ねる。妻子がいる彼との関係。

 

はじめは激しく燃える炎も、やがて鎮まりゆくことを知っている彼女と今の現実を悔やみ、彼女との再出発を望む彼。20代の男が30代の女とつきあうのって、実年齢以上に差があって、結構しんどいかもしれないが、30代の男と40代の女だったら、うまくいくんじゃないかな。彼も最初の頃は、ただのハンサム君というかペット的存在だったかもしれない。

 

ぼくも、20代の頃、結婚している年上の女性とよく新宿で飲んだくれて、タクシーで彼女の笹塚のマンションまで送ってからアパートへ帰ったことがあったけど、どうも恋愛対象者ではなかったようだ。


「経験をつんで、馴れて、そして飽きてゆく」-彼女が逢瀬の後、ベッドの上で彼に吐いたセリフなのだが、なんてハードボイルドなんだろう。

 

『片想い』

これはもう、幸せの青い鳥は、身近にいたという話。そろそろ適齢期だし、高望みはやめて、気心の知れた男といっしょになろうというOL。そんな魂胆であってもヤニつきそうな男にちょっと腹が立つが、現実は、こんなもんだろと。

 

『ピアノ・ソナタ

結婚にあこがれていたが、実は、そうではないことに気がついて逃避した女性フリーライター。ひょんなことで、同棲をし始めるが、以前つきあっていた男の家を再訪する。男は所帯を持っていた。聴き慣れたピアノ・ソナタをカーCDで2人で聴きながら、過去からふっきれて、結婚へ踏み出そうと意識する彼女。

 

「四十六歳のふてぶてしさの下から一瞬のぞいた、二十数年前と変わらぬもろさも、また、同じ自分だった」(『片想い』)など魅力的なアフォリスムが随所にちりばめられている。

 

このあたりが、女心、いや、男心も、つかんで離さないのだろう。とても無駄のない文章、簡潔な構成、ストーリー展開も上手。リアリスティックでビターな等身大の恋愛をとくと堪能することができた。


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