マリッジブルーの男または宙ぶらりんの男

 

 

『礫』藤沢周著を読む。

 

主人公はペット業界紙の記者。グラマラスで美人の婚約者がいて、2人の新居となるマンションはすでに契約済み。結婚式の会場や日取りなどを決める最終段階にまで進んでいる。

 

しかし、彼は100%喜んではいない。このままでいいのだろうか。そんな自問を念仏のように繰り返している。結婚もそうだが、現在の仕事に対しても。20代後半になるとそろそろ、自分の人生や生き方がおぼろげながら見えてくる。

 

彼は業界紙専門の印刷所で顔見知りから転職の誘いを受ける。破格の給料を提示されたが、即座に決断できない。すべてに対して煮え切らない。彼女を決して愛していないわけではない。そんな時、彼女が突然帰省すると言ってしばらく行方不明になる。生家に電話しても不在。昔の恋人と密会しているではないかと妄想を逞しくする彼。

 

男と女のそれぞれの思いと食い違い、葛藤や苛立ち。結婚前の揺れ動く男心を乾いた文体で表現している。すごくよくわかる。でも、このままでいいのだろうかという自問は、生涯続いていくものなのだが。

 

経験から言わせてもらうなら、結婚なんて理屈もへったくれもない。ただただ転がる石のように勢いをつけなければ、他人同士が一つ屋根の下でなんか暮らせやしない。やがて歳月を経て挫折や妥協や失望とかでその石はどんどん削られ、丸くなり、小さくなって石から小石、礫(れき)になっていく。

 

文学の王道を行くというか、きわめてスタンダードな作品である。ごくありがちなテーマを一気呵成に読ませて、深い感銘を与える作者の力量はさすがとしか言いようが無い。

 

ホラーやミステリーに食傷気味のあなたに、そうでないあなたにも読んで戴きたい一冊である。

 

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