北町貫多ものは、もう読むことができない

 

 

『雨滴は続く』西村賢太著を読む。

 

著者がいかにして作家になったか、その軌跡が詳らかに書かれている。

これまでの作品を串刺しにした感じ。

 

北町貫多は、神保町の古書店に居候しながら藤沢清造の作品を蒐集している。
同人誌にも作品をぽつぽつと載せている。その作品が『文豪界』に転載されることとなった。結果的に、彼はそのチャンスを逃さなかった。

 

同人誌は大半が定年退職した老人のてなぐさみ、お遊び的なもの。若い彼は、学歴や若さ、読書知識の浅さから、老人たちの評価は低かった。それが、メジャーな文芸誌に転載されて、嫉妬に燃える。貫多の眼を通して見た同人誌の世界が辛辣にあらわされている。

 

彼は食欲も旺盛だが、性欲も。で、ある玄人の女性と出会い、玄人っぽくないところに惚れてしまう。しかし、会うのには元手がいる。借金を申し入れるが、案の定断られ、秘蔵の古書を売り払う。その代金でおゆうと会う。

 

『文豪界』の編集者から新たに小説の依頼が来る。狭い業界、ライバル誌からの執筆依頼も。

 

貫多は、歿後弟子と名乗っている師匠・藤沢清造の命日、「清造忌」を菩提寺の住職らと福井で行っている。出かけると、地元新聞の若い女性記者・葛山から取材を受ける。

惚れっぽい彼は、たちまち好意を抱く。女性記者、有名大学卒、安定した収入。その陳腐な妄想。昨日まで気になっていたおゆうが、脳裏から消える。

 

あの手、この手で記者の気を引くが、うまくいかない。すると、おゆうが再び浮かんできてメールをする。商売抜きで会おうと、そうすれば、タダで…。ホテル代も浮く。ああゲスいヤツ。

 

貫多は、若くから生きるために体をはってかけひきをしてきた。その知恵で作家の道を駆け上っていく。編集者とのやりとり、編集者の実態も書かれている。車谷長吉のレビューも匿名で書いたようだ。個人的には小説の創作方法も知ることができて興味深い。

 

作者の急死により、未完で終わる。

 

で、この後が、芥川賞を受賞して本が売れたり、そのキャラクターでTVなどにひっぱりだことなる。一躍、時の人となって、出版社、編集者も手のひら返し。そのさまを、恨み晴らさでおくべきかと、実に執拗に書くはずだった。このあたりが読みたかった。

 

北町貫多、どことなくフーテンの寅こと車寅次郎と重なるところがある。

 

ビルドゥングス・ロマンに括れそうだが、北町貫多、成長してないのだ。分別クサい大人になることを拒否しているのだ。ジャック・ロンドンの『マーティン・エデン』あたりとは、違うところ。


人気blogランキング