風が誘うんです―人はなぜ旅をするのか

 

 

『みどりの月』角田光代著を読む。

 

人はなぜ旅をするのか。なぜ旅にあこがれるのか。いままでのしがらみを断ち切りたいから。昨日までの自分にさよならしたいから。ガイドブック片手に、外国に行ったとて、新しい自分に出会える保証は何もないのに。

 

初期にロードムービーならぬロードノベルを次々と発表していた作者は、そこらへんの心情を巧みに表現している。本作も今日日(きょうび)の若者の生態を描いた2つの作品から成っている。

 

最初の 『みどりの月』は、旅する前の物語。同居人がいることを-しかもカップル-を知らずに同棲を始めた女の子が主人公。実は同棲相手の男と、同じマンションの別の部屋で暮らしている女は夫婦だった。親が頭金を出してくれたマンションがあるため、双方別れるに別れられない。4人の不可思議な共同生活。女の子はさまざまなトラブルに巻き込まれ、あまりにもその怠惰さに耐え切れず、別れを決意。男は海外に旅に出る。

 

次の 『かかとのしたの空』は、旅、真っ最中の物語。夫婦で家財道具一式投げ売って、タイを皮切りにインドシナ半島をいくあてもなくだらだらと貧乏旅行している。南国の光を浴びながらバスや汽車での移動。蒸せかえる熱気。原色の果実。生ぬるいミネラルウォーターのペットボトル。東南アジアの重たい雰囲気がひしひしと伝わってくる。

 

登場人物に共通しているのは、ともかくルーズ。かといって自堕落とかいう罪の意識は毛頭なくその日、その日を成り行きで生きていく。よく言えば自由。悪く言えば無自覚、無責任。期待はしない。しないから絶望もない。

 

物質的には豊かである。だが、その裏にある虚しさや寂しさ。それを埋めんがために、若者は旅に出たり、宗教に走ったり、または正反対に、引きこもるのだろうか。


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