『左川ちか全集』左川ちか著 島田龍編を読む。
伊藤整は読んでいた。春山行夫も知っている。北園克衛は大好きな詩人だし。
でも、なぜか、左川ちかは知らなかった。彼らとこんなに身近だった彼女を。
評判を聞いて読み出した。詩作や翻訳や散文。どれも才気がキラキラしている。
とても1930年代に書かれた、訳出されたものとは思えない。
旧仮名遣いさえなんか擬古文体のように思えて。
衝撃を受けた。大げさじゃなくて。
金井美恵子のデビュー作『愛の生活』や分厚い『山尾悠子作品集成』を読んだときのような。論より証拠。
詩篇より引用。
「青い馬
馬は山をかけ下りて発狂した。その日から彼女は青い食物をたべる。夏は女達の目や袖を青く染めると街の広場で楽しく廻転する。
テラスの客等はあんなにシガレツトを吸ふのでブリキのやうな空は貴婦人の頭髪
の輪を落書きしてゐる。悲しい記憶は手巾のやうに捨てようと思ふ。恋と悔恨と
エナメルの靴を忘れることが出来たら!
私は二階から飛び降りずに済んだのだ。
海が天にあがる。」
作者は北海道出身。余市で生まれ、学校は小樽。
当時の小樽の繁栄ぶりは現在残っている洋風建築の建物からうかがえる。
翻訳は実に良い翻訳。散文と変わらぬような素晴らしい訳文。
取り上げられた作品もヴァージニア・ウルフなど当時の最先端の文学だとか。
21歳の時、
「代名詞となる黒衣を身にまとうのもこの頃である。緋色の裏のついた黒天鵞絨の短衣とスカート、黒のベレー帽とハイヒール。全身を黒で統一し、水晶の眼鏡をかけ黄金虫の指輪をはめて銀座を闊歩した」(「解説 詩人左川ちかの肖像」より)
今で言うところのゴスロリを思い浮べる。モダンガール文学の先駆。
幻の出版社、ボン書店にも当然出入りしていた。
本格的に小説を書こうとしたその矢先、病魔に襲われる。嗚呼…。わずか24年の短い人生。
これからも何度も読み直すだろう。
至れり尽くせりのコンプリート(完全)。編者と版元に多々感謝。
「NHK100分de名著」あたりにぴったりだと思うんだけど。