柱の陰に熱心な聴き手がいる

 

 

『鳥類学者のファンタジア』奥泉光著を読む。


前作『グランド・ミステリー』で、ミステリーファンから純文学マニアまでうならせた作者の最新作。本作は一転して、謎あり、ロマンスあり、笑いあり、の肩の凝らない良質のエンタテインメントになっている。

 

主人公池上希梨子は、さほど売れていないジャズピアニスト。ライブの最中、「柱の影の聴き手」が妙に気になった。これが、物語のきっかけだった。ふとしたことから、現代の東京からタイムパラドックスして、1944年のベルリンへと場面は移る。そこで、池上家のタブーとなっていた祖母霧子と再会を果たす。祖母は、祖父と離婚して、ドイツヘ渡りクラシックのピアニストとして没した。

 

作者お得意のメタフィクション。『天球の音楽と水晶宮の霊視者』や「オルフェウスの音階」「宇宙オルガン」、エヴァンゲリオンファンならお懐かしのロンギヌスの槍も出てくるなど、仕掛けや小道具もふんだん。主人公を取り巻く登場人物も、実在モデルがいるのではないかと勘ぐらせるほど、リアリティがある。

 

いつぞやの新聞の書評で本書を第二次世界大戦敗戦の色濃いナチスドイツのオカルティックな小説として大学教授が紹介していたが、それは木を見て森を見ずってヤツの典型。皆川博子の『死の泉』のような小説だと大抵の人は思ってしまうだろう。

 

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズや『ロマンシング・ストーン』シリーズあたりが下敷きになっているとぼくは、踏んでいるのだが。ただ惜しむらくは、タイトルと装丁だ。『すばる』に連載時のタイトルは『フォギー あこがれの霧子』、改題してこうなったのだが、これはちょっと…。テイストは、少女漫画っぽいと言うのか、金井美恵子っぽいと言えばいいのか。たぶんに、女性に読んでもらうことを意識していると思うのだが、だとしたら、もう少しわかりやすい、とっつきやすいタイトルとカバーにした方が、本作の世界を伝えられるのでは。たとえば少女漫画家の大御所に描いてもらうとか。ぼくは好みではないのだが、いっときの小林信彦本の吉田秋生のような。

 

「鳥類学者」→「鳥」→「バード」→「チャーリー・パーカー」となるのだろう。作者自身も楽器をものし、かなりのジャズマニアと聞いている。確かに目次がジャズのアルバムのタイトル風になっている。ジャズやクラシックが好きな人なら、より楽しいだろう。もちろんそうでない人にも、読んで欲しい一冊である。


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