『ブラック・トムのバラード』ヴィクター・ラヴァル著 藤井光訳を読む。
H・P・ラヴクラフトの『レッド・フックの恐怖』を本歌取りした作品。作者はラブクラフトをラブしているが、ただし人種差別主義者の一面は認めない、許せない。
巻頭の一文。
「相反するすべての思いをこめて、H・P・ラヴクラフトに捧げる」
まず、本棚に埋もれている『ラブクラフト全集5』を探す。
そこに収録されている『レッド・フックの恐怖』を再読する。
つっても、ほとんど内容は忘れている。
訳者大瀧啓裕の解題によると、結婚後ニューヨークに住んだラブクラフト。
妻の事業が傾いて結婚も黄色信号。「ブルックリンのレッド・フック」に単身で住む。黒人などさまざまな人種が住むスラム街。そこを舞台にしたのが『レッド・フックの恐怖』。それはニューヨーク警察の刑事マロウンがトラウマとなったかの地で起きた事件。外国人の不法入国が頻発していた。その大元が老学者サイダム。彼の屋敷に犯罪者が集っていることを知る。隣接した教会での黒魔術を目撃したマロウン。
何とも救いようのない話をヴィクター・ラヴァルはアップデートさせた。
主人公にトムという黒人の少年を設定。
路上に出てギターでジャズやブルースを弾くトム。サイダムは高額のギャラで自宅パーティーでの演奏を依頼する。
トムの視点から刑事マロウンや老学者サイダム。レッド・フックの街やサイダムの屋敷や教会を描いている。ラブクラフトには得体の知れない連中にしか見えなかった同胞たちをいきいきととらえている。
はっきり言ってぼくにはわかりにくいラヴクラフトの『レッド・フックの恐怖』の世界を残して奥行きや動きを与えている。
しかも、恐怖は負けていない。マロウンが聞いたトムの「言葉」。
「いつでも、おまえたち悪魔の上にクトゥルフを連れてくるからな」
「6人の警察官から57発の銃弾を浴びせ」られたブラック・トム。「遺体は見つからずじまいだった」
本作も良いが、改めて『レッド・フックの恐怖』を読むと、教会の黒魔術の描写が凄まじい。