加賀美捜査一課長、和製「メグレ警視」、奮戦す

 

 

『霊魂の足-加賀美捜査一課長全短篇-』角田喜久雄著を読む。

 

第二次世界大戦後の日本。まだ戦争、敗戦の影が生活にも心にも暗い影を投げかけていた。人々は暮しのために身を粉にして働く。
しかし、誰もがうまくいくわけではなく、そこにもまた勝者と敗者が生まれる。
その社会の歪みが引き金となって事件が起きる。
結果的には残虐な殺人事件だが、やむにやまれぬ動機を明かされると犯人に対して
一方的に非を認めよとは言い難い。

 

作者はジョルジュ・シムノンの『メグレ警視』をモデルに、
加賀美敬介捜査一課長を主役にした短篇集を書き上げる。

 

不勉強ゆえに未読の『メグレ警視』と本作との比較はできないが、
時には冷酷無比に極悪を許さない心と罪を憎んで人を憎まない優しい心を持ち合わせている加賀美。


名探偵のように徹底した現場検証と鋭い観察眼に基づく推理で事件を解明していく。
職人のような手堅さや丁寧さが読んでいて心地よい。

3篇紹介。

 

『緑亭の首吊男』
神田のバー『緑亭』のオーナー松太郎が突如失踪した。各地を転々として1年後に戻ったとき、様相が一変していた。痩せこけた松太郎。前科持ちの橋本に追われていたらしい。松太郎が戻って間もなく橋本は青銅の花瓶で撲殺される。まもなく自室で首を吊った松太郎が発見される。遺書もあった。解せない加賀美。首を吊っていたのは。

 

『怪奇を抱く壁』
上野駅の地下食堂で眼鏡の男がトランクをすりかえるシーンに出会った加賀美。彼は男を追う。単なる間違いではなく、すりかえには何か裏がある。男は郵便局へ。なんと加賀美宛にトランクにあったブツを送り付ける。それは60万円の現金だった。戦争によって幸福を踏みにじられた夫婦の哀しみ。結末がポーの『黒猫』を思わせる。

 

『霊魂の足』
タイトルで心をつかまれた。舞台は「F町の花屋『マドモアゼル』」。コーヒーとフルーツも味わえる。大滝家の家族経営による実にコージーな雰囲気の店。梅雨時の出張で気がめいっていた加賀美もおいしいコーヒーでほっと一息ついた。
そこへ次男が帰還して店の半分を強引にバーの改造にかかる。次男は失明状態で戦友という服部と石原の二人が我が物顔で取りしきる。工事は中断して大きな穴が開いたまま。そこで服部が戦地から持ち帰った自身の銃で殺されていた。
捜査を重ねていくうちに、真犯人が浮かびだす。つらいけれど逮捕しなけらならない。
苦虫を噛みしめる加賀美。


空襲後の爆撃跡が残ったままのバーなど書かれた当時の描写がいま読むと新鮮。。
それと酒呑みゆえ品書きの高級ウイスキーハイボールやカクテルなどを見ると喉が鳴る。

 

メグレつながりで余談を。アマゾンプライムビデオで『メグレ警視』シリーズが見られる。演じるのは、ローワン・アトキンソン。こう言えば、多くの人がうなずくはず。「ミスター・ビーン」だと。予告編だけ見たが、かなり良さそう。

 

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