きもの、いきもの、いきなもの―『きもの』幸田文、未完の最後の長篇小説

 

きもの (新潮文庫)

きもの (新潮文庫)

  • 作者:文, 幸田
  • 発売日: 1996/11/29
  • メディア: 文庫
 

 『きもの』幸田文著を読む。未完の最後の長篇小説。

 
姉二人、兄一人が上にいる4人兄弟の末っ子の女の子が主人公。
ご多分に漏れず気が強く、着る物の好みなどにもうるさく、
あまり可愛がられない性格。
株屋に勤める江戸っ子の父と新潟出身の母と気丈な祖母がいる。
父には小唄かなにかのお師匠さんの愛人がいるらしい。
きものとふとんへの昔の女性のこだわりや
ものを大切にする慎ましい暮らしぶりが、
いつもながらの鋭い観察眼から克明に描写されている。
 
きものは洗い張りなどをすれば、一生ものとかいわれるし、
また当節、田舎の蔵に眠っていた古きものが、タダ同然で仕入れて
いい値段で売られるほど、ブームとなっているが、
文字通り着るものとしての「きもの」へのほんとうの慈しみとはこういうことなんだなと。
 
ふとんだって中綿の打ち直しなどすれば、ものがよければ長く使えた。
でもふとんを打ち直しする家庭は減ってしまい、
町からふとん屋はほぼ消えてしまった。
主人公のるつ子が同級生の貧しい家の子に、プレゼントしようと、
うちにあったボロ布で自転車用のズボンかなんかを母に縫ってもらうように懇願した際、母親はあげるなら「いいものになさい」とピシャリといって却下する。
 
対照的な性格の姉二人も早々に結婚するが、
上の姉は医家、下の姉は商家へ嫁ぐ。
その結婚観もまったく異なっている。
主人公は心臓病が悪化して床に伏した母親の世話を祖母とするが、
母親はあっけなく亡くなってしまう。
 
地方出身者ゆえ都会者に対してコンプレックスを抱いていた母親
亡くなってから母親の衣裳タンスをのぞいてみると、
驚くほど着物やアクセサリーは少なかった。
子どものために倹約を重ねる。
そして関東大震災を迎える。
るつ子は父親の反対を押し切って
縁あった皮膚科の医師と結婚する。
ぼくなんかは世代的になんとなく郷愁を覚えてしまう。
 
幸田文向田邦子→?フォロワーが見当たらないのは、
飽食の時代になったからなのだろうか。
それとも文化が分断されたのだろうか。
 
いまは買ったほうがつくるより安いしね。
雑巾なんて百均で売ってるし。
 
なんて書くと、こむつかしい小説なのかと思われたら、
大間違い。はまれば、ノンストップリーディング。
誰か続篇を書かないかな。続きが読みたい。
結婚後、出産、太平洋戦争、夫の出生、銃後の守り、
空襲、疎開、敗戦、夫の復員…。
こうなると同じ作者の『流れる』あたりとカブるのかな。
(消えたブログからの再録)