弊機、探偵になる。何色の脳細胞?だが、しかし

 

 

『逃亡テレメトリー マーダーボット・ダイアリー』マーサ・ウェルズ著 中原尚哉訳を読む。

 

『逃亡テレメトリー

毎度おなじみ人型警備ユニット「弊機」。プリザベーション連合で発生した他殺遺体の捜査にあたることになった。趣味であるドラマ鑑賞。その中には、当然、ミステリーもある。彼はそこで学習したことを事件に応用しようとするが。

インダーら警備局員は、自分たちの縄張りを荒らされるようで彼には消極的態度でのぞむ。弊機のかつて起こした殺人事件も知っていて、いつ何時暴走するのか、気が気ではない。なんか更生した前科者的扱い。そんなことは馴れっこよと捜査を進める、彼。

弊機は人間でもない、ロボットでもない。セルフアイデンティティに悩む。
数少ないというか唯一かも知れない彼の良き理解者でプリザベーション連合の指導者でもあるメンサー博士。博士はゆくゆくは弊機に人並みの待遇を与えたいと思っているが、まだまだ周囲の理解度は低い。

事件を解決した弊機。最初は距離を置いていた上級警備局員のインダーも、力量を認める。最後の二人のやりとりが、なんか決まっている。

つーことで、あっという間に読了。
もっと長いのが読みたかった。
もっと弊機には、グチなどをグダグダつぶやいてほしかった。
本作では探偵的役回りだから、ハードボイルドチックに、お喋りは控えめにしたのだろうか。似合わんよ。

これまでの作品のようにART(ASSHOLE RESEARCH TRANSPORT)ことペリヘリオン号のような強烈キャラがいないとダメかもね。

あと短篇が2篇。

 

『義務』
生き地獄のような劣悪な星の採掘場。警備の仕事についた弊機の思い出話。経営陣も労働者も好きでないと。

 

『ホーム-それは居住施設、有効範囲、生態的地位、あるいは陣地』
これまでは弊機がメンサーについて話してきたが、この作品では逆にメンサーから見た弊機が語られている。


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老いることと枯れることはイコールじゃない

 

残光

残光

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『残光』小島信夫著を再読。


確か第三の新人に含まれている人で、安岡章太郎庄野潤三あたりのユーモアにも通じるものがある。他に何作か読んだ。読んだとしても、たぶん、覚えてはいない。拙ブログを検索して確認する。

 

これは加齢のせい、それとも記憶の容量に問題があるのか。ともかく映画もかつてスクリーンで見て感動なり興奮なりしたはずなのに、TVやDVDで再見すると、何か違っていたりする。

『残光』は、読書人関係のWebやブログを拝見してどうも読み辛そうだという先入観があった。あった、あった。而してそれはこの本を読み進むにつれてコッパミジンに粉砕される。

 

90歳の作家は、肉体的な老いや妻の痴呆症による入院、生まれつきマヒがあり、アルコール依存症で息子に先立たれた不幸などはあるが、それすらも小説の素材にして、たんたんと言葉を綴っていく。

 

この作品の土台は老境を迎えた近況のエッセイ風小説なのだが、そこに過去の自作の引用、本人、妻など実在の人物と小説(虚構)の登場人物がすりかわったりして、とまどわせるメタフィクション

 

なんて書いてしまうとあたかも前衛小説のごときものをイメージされたら困るので、もう少し説明。表向き、字面はそんな企みは皆無で、大河のようにゆるやかに流れている。しかし、ちょっと水面下を覗いてよーくみると、上述したとおりさまざまな流れが混在している。

 

既存の小説のフレームワークでは通じない、つーか、凌駕したところがあり、そこに魅せられればどんどん読むスピードが上がっていくが、そうでない人は退屈のち頓挫してしまうだろう。


ぼくも最初はめんくらっていたのだが、過去-現在-未来という時制をとっぱらったゆるやかな文体、行間が心地よく思えてきて、いままでにない読む愉しさを味わっている最中。

 

たんたんとはしているが、けして枯れてはいない。老いてその道の名人と呼ばれるとどうしてもそういう言い回しを使いたくなるのだが、走り出したら止まらないではないが、書き出したら止まらない。その小説家の業の深さみたいものを感じる。

 

換言するならば、ワンシーンワンカット、映画でいうところの長回しが延々と続くような作品。常套句を使ってしまえば、生きていることの歓びを伝えてくれる。さすが、保坂和志の先達的小説家。

 

再読して新たな発見や魅力を感じた。

 

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ゆめゆめご用心 夢野ワールド

 

 

『人間腸詰―夢野久作怪奇幻想傑作選』を読む。

 

著者の代表作『ドグラ・マグラ』は、中途で頓挫した。そろそろ読んでもいい頃かな。
で、まずは短編集で肩慣らし。この本は、『人間腸詰(そおせえじ)』という、すごい題名につられて読んだ。


「人間バーベキュー」、これは近田春夫率いるビブラストーンの楽曲だけど。

何篇か、あらすじや感じたことなどを。

 

『人間腸詰(そおせえじ)』
大工のハル吉は、聖路易博覧会の仲間と渡米する。箱根細工をこさえたその腕前は高く評価され、大金持ちの屋敷に招待され、事を依頼される。金に糸目はつけないと。なにか胡散臭い。依頼を断る。その部屋に、巨大な挽き肉機が現われる。あわや、ミンチにされそうになる。でも、ミンチにされたのは、台湾館の別嬪さん、フイ嬢だった。最後がお約束通りグロい。

饒舌なハル吉のモノローグ、その口調が「アッシ」「~でげしょう」とかで、つい真似したくなる。

 

『空を飛ぶパラソル』
福岡時報の新聞記者である「私」。偶然、汽車に飛び込む女性を目撃する。女性が惹かれた瞬間、手にしていた空のパラソルが宙に舞う。不謹慎ながらも、特ダネだと思い、警察に通報する前に女性の轢死体から所持品検査をして身元を探る。そのことがバレ、
知り合いの警部から嫌味を言われる。飛び込んだ女性のいきさつ。失踪した夫から記者宛てへの手紙。自分の記事で不幸になった人がいる。苦い読後感。

 

『一足お先に』
肉腫ができ右足を切断した「私」。夢遊病になって深夜病院を徘徊、その最中に入院していた美しい歌原男爵の未亡人を殺害していた。夢遊病という割には、周到に殺人の準備がされていた。そう話す柳井副院長。腑に落ちない私。副院長の催眠術にかかっての仕業だと気がつく。青ざめる副院長。猟奇的な殺人と病院の描写が薄気味悪くゾクゾクさせる。狂っているのは私か、副院長なのか。


『冗談に殺す』
新聞記者の私は、車を拾って帰宅しようとしていた。一台のフォードが止まった。運転者はお代は不要と。不審に思ったが、ネタになるかもしれない。運転手が帽子とマスクをとると、何と捜索願いが出ている女優だった。一応面識はあったが、彼女と暮し始める。すると…。男を翻弄する、文字通り猟奇的な彼女

 

『押絵の奇跡』
当代きっての美貌のピアニスト井ノ口トシ子。演奏会で倒れる。不治の病に罹り、先が長くないことを知った彼女は一度も会ったことのない兄に自身の秘密を手紙に認める。書簡体小説というらしいが、これがまたうまい。

彼女の母親は福岡の由緒ある武家の出。一人娘ゆえ婿養子を取る。それがトシ子の父親。町一番の美女であるといわれた母親は手先が器用で自作の押絵が玄人はだし。ある日、母親の不義を知った父親は糾弾する。否定も肯定もしない母親の態度に怒りの余り…。見事なまでにもの哀しい幻想小説

 

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現代短歌のガイドブック

 

 

『なつみずうみ分光器-after 2000現代短歌クロニクル-』瀬戸夏子著を読む。

 

短歌のすそ野が広がっているのは、なんとなく知っている。基本三十一文字の短歌はsnsとの親和性も高いし。

 

「じゃあ、ヤマダくん、歌人で知っているのは?」
「『サラダ記念日』の俵万智
「オオキさんは?」
石川啄木。わたし、岩手、出身なんです」

 

どんな短歌があって、どんな人が詠んでいるのか。この本は「2000年から2020年の間に出版された歌集を」厳選し、歌風などをキュレーション。

 

4ページにまとめて歌集名・歌人名・プロフィール・代表的な短歌の解説、歌風・その他の短歌紹介という構成。

 

いやあ表現方法やテーマが実に多彩。あえて伝統にのっとっているものもあれば、ラップのリリックのようなものもある。女性の情念やフェミニズム、社会的なテーマを訴えるものもあれば、ほとんど意味のないものもある。

 

まずは一読して、好きな新しい短歌を見つけよう。

 

ぼく的に好みのものを十首、選んでみた。

 

「きららきららさくらに食われつぎつぎに人溶けてゆく天国だもの」渡辺松男

 

「ベランダでUFOを呼ぶ妹の呪文が響くわが家の夜に」笹公人

 

「幽霊がペディキュアを塗りあふやうな一夜だ萩が風に乱れて」魚村晋太郎

 

「さようならことばたち対応項を失った空集合たちよ」中澤系

 

「死に場所のなお決まらざる蝉ありて差し出せばわが指につかまる」松村正直

 

「手のひらに日毎に滲みて石鹼はひと冬かけて私のなかへ」小島なお

 

「じゆんぱくのシーツのうへにはっこうした麺麭生地のやうにおかれてあなた」川崎あんな

 

「花器となる春昼後刻 喉に挿すひとの器官を花と思えば」佐藤弓生

 

「ほんとうの名前を持つゆえこの猫はどんな名で呼ばれても振り向く」鳥居

 

アネモネ領 きみの瞳の奥にあり門ひとつなし北へと続く」森島章人

 


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或る不幸な少女

 

 

『星の時』クラリッセ・リスペクトル著 福嶋伸洋訳を読む。

 

第八回日本翻訳大賞受賞作品。行きつけの図書館、半年待ちか、一年待ちか、
ネット検索したら、ありゃりゃ、そんなことはなかった。ラッキー。
で、予約して自転車を飛ばして借りに行く。するすると読了。

 

ブラジル北東部(ノルデステ)からリオ・デ・ジャネイロにやって来たマカベーア。
親代わりに彼女を育てた叔母が亡くなったことを知る。
その彼女を定点カメラのように、ストーキングでもしているかのように
延々と作家・ロドリーゴのモノローグが続く。

 

マカベーアとロドリーゴ、どちらも作者の分身。
作家がいろいろな登場人物を書き分けるさまは、多重人格者か
登場人物が降りてきて憑りつかれる霊媒師のように思える。

 

似た言葉を繰り返すが、マカベーアはピュア、イノセント、無垢、純粋、世間知らず、無知。嘘つき、妄想に逃げ込む。どことなく「赤毛のアン」みたい。

 

タイピストの職を得た彼女は、冶金技師のオリンピコという恋人ができた。
若い二人は他愛のない会話をする。3回デートして3回とも雨だった。
彼はマカベーアを「雨女」と決めつける。お前が「雨男」かもしれないのに。

 

野心家で盗癖のある彼は、「彼女の同僚」であるナイスバディなリオっ子のグローリアに惹かれる。カントリー娘は野暮ったいのか、結局、ふられた。

グローリアは、そんな彼女がほっとけず、なにかれと世話を焼く。
恋人を盗られたことよりも友だちができたことの方がうれしい彼女。

 

ロドリーゴは、マカベーアの人生の行く末を知っている。
ペンもしくはPCキーボードで運命とて簡単に変えることもできる。
しかし、手を差し伸べたりはしない。物語の領域侵犯になるからだ。

 

マダム・カルロータに将来を占ってもらった彼女。占いでは未来は光り輝くと。
なのに、現実は…。そしてロドリーゴも。

 

ネット上の噂では難解とかいわれていたが、読みはじめると、文体と構成に懐かしさを感じた。日本版は2021年に刊行されたが、オリジナルは1977年に刊行されている。
ちょうど、その頃、こういう感じの小説をよく読んでいた気がする。
ええと、ナタリー・サロートマルグリット・デュラスとか。

 

訳者あとがきによると読みやすさを優先した翻訳を心がけたと。
だから、すらすら読めたのか。


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ポストモダン・フェミニズム文学

 

 

『彼女の体とその他の断片』カルメン・マリア・マチャド著 小澤英実訳 小澤身和子訳岸本佐知子訳 松田青子訳を読む。

 

クィア(奇妙な)味の短篇集。リチャード・ブローティガンの作品を読んだときのような、リディア・デイヴィスの作品を読んだときのような。でも、違う。性的なシーンを描写しても過激、生々しい、痛々しいとは思うが、エロティックさは、さほど感じられない。それは、ぼくが男だからなのだろう。


既存の小説を解体、超越したポストモダンフェミニズム文学。ちょっと大仰かも。
各篇のストーリーを書いてもあまり意味はないんだけど。


『夫の縫い目』小澤身和子訳
「首の後ろに緑のリボン」のある「私」。夫になった彼はさわりたがるが、決してさわらせない。妊娠、出産する。産んだのは男の子。リボンはない。やがて大学に進学する。再び、二人きりの暮し。夫がリボンをほどく。すると…。リボンは何のメタファーなのだろう。

 

『リスト』 松田青子訳
職業、出会いそして別れまで、さまざまなセックスの体験談風ショートストーリーが続く。やがてウイルスの蔓延により人はいなくなる。

 

『とりわけ凶悪』 小澤身和子訳
ニューヨーク市警察の刑事たちが捜査する性犯罪事件を描くテレビドラマシリーズ」の「タイトル」から創作。「シーズン12」まで「ベンソンとステイブラ―」の女性刑事と男性刑事のバディが活躍。100文字SFのように濃密でかつポップ(死語?)。


『本物の女には体がある』 岸本佐知子
その町では次々と女性が突然消えてしまった。正しくは透明になってしまった。原因は不明。「グラム」というブティックでアルバイトをしている「私」とペトラは、ペトラの母親が経営するモーテルで結ばれる。「私」はペトラの母親のモーテルで透明になった女性を目撃する。悲しげで恨めし気。こともあろうに恋人のペトラが消えていく。「女性は存在しない」というラカンのフレーズをあえて小説化したような作品。


『レジデント』 小澤英実
作家が山の中にあるデヴィルズ・スロートのレジデントに招かれる。かつては高級リゾート地だったが、大恐慌で放置。アーチストたちが集う施設として再生。彼女が車で近づくにつれその外観が見えてくる。なんとなく漂う、怖さ、違和感。ホーンテッド・ハウスものとしても読めるが、作家の内面崩壊がそう感じさせるのか。 ヴァージニア・ウルフの『壁の染み』あたりを彷彿とさせる。

 

『パーティーが苦手』 小澤身和子訳
病院から「私」を部屋まで送ってくれたポール。なぜか「私」はエロ動画のDVDを注文、部屋で見る。時折画面を一時停止しながら。ポールがパーティーに誘う。行き先は古い農家をリフォームした大きな家。いきなりビデオカメラに撮られた「私」。今度は撮る方に。そして部屋で再びエロDVDを見る。


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原始力で生きる

 

 

『ぼくは始祖鳥になりたい』宮内勝典著を読む。    

 

本書には、宇宙の躍動感、地球の生命力、世界との一体感が溢れ出ている。ハイデガー流に述べるなら、世界-内-存在と世界-外-存在を同時に感じさせる作品だ。どう言えばピンとくるだろう。映画『未知との遭遇』のキャッチコピーを覚えているだろうか。「We are not alone.」-これなのである、言いたいことは。

 

作者は求道者のように言葉の力を信じ、真っ向から現代の物語に挑んでいった。これまで『ニカラグア密航計画』、『宇宙的ナンセンスの時代』などのエッセイに表わされていた作者自身が体験してきたことの一切を惜しげもなくぶちこみ、そして余分なものを割愛して、言葉を磨き、世界を構築していった。

 

主人公は、元超能力者。スプーン曲げの少年として、かつて話題になっていた。しかし、いつしかその能力は、消え失せる。宇宙飛行士の募集に応じ、ニューヨークへ行く。そこから彼の冒険が始まる。ニューヨークの研究所からダウンタウン、砂漠、火山からティラノサウルスなど恐竜の化石発掘のアルバイト。インディアン集落での神秘的体験。そこで、シャーナと出会う。

 

まるでRPG(ロール・プレイング・ゲーム)の主人公のように、旅を続ける。様々な人間との邂逅を通して、その面をクリアするたびに、彼のパワーは増幅されていく。やがて、南米の先住民たちのゲリラに参加する。

 

ミクロからマクロ、時空を超え、ともかく、息つく暇を与えないほど、軽快なテンポで話は展開する。身も心も疲れ果てているだの、癒されたいだの、そんな現状をものともせず、自分自身を信じて、誰にも頼らず、迷わず突き進む主人公の行動に、いつしか気持ちがシンクロしていき、とてもポジティブにさせてくれた。元気になれる、エネルギッシュな小説というのは、久々だ。

 

映像や音楽では表現できないものが、みなぎっている。作者は後記で本書を書くにあたり、「日本語で世界文学を書いて欲しい」と言われたことを記している。十分、その要求に応えているとぼくは思う。

 

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