そういえば、中学のとき、田中英光の『オリンポスの果実』を読んだことをふと思い出した。あとは山川方夫の『夏の葬列』が、当時の二大課題図書だったような。町の書店の文庫本コーナーに平積みされていた。
元オリンピックのボート選手の一方的な恋心を回想形式で書いたもの。ロサンゼルス・オリンピックへの船旅。船上で思いを独白する。「ぼく」が恋しているのは、陸上競技選手の「秋ちゃん」。読んだときは、あまり惹かれなかった。
作品よりも師であった太宰治の墓前で後追い自殺したというその激しい生き方に興味を抱いた。
大人になってから仕事で再読することになった。勤めていた会社に偶然、著者の孫がいて、そのルートでBSへ売り込むスペシャル番組の企画書をつくることになったからだ。
図書館にあった古い全集に目を通したが、やはり『オリンポスの果実』がヌケがいい。
望月峰太郎の『バタ足金魚』の先がけ的作品でストーカーチックな片思いの妄想リビドーが、みずみずしい文体で書かれている。告ることもなかったのに、「あなたは、いったい、ぼくが好きだったのでしょうか」と。わかるなあ。たまたま目が数回合っただけで「俺に気がある」とか思ってしまう。非モテ男子は、つらいよ。
作者は偉丈夫で自死した時も、なかなか死に切れなかったそうだ。頑健な体躯とガラスのような精神力。アンバランスさ、脆さが、欠点でもあり、魅力でもある。
図書館で借りた古い本に掲出されていたポートレートが、孫娘によく似ていた。彼女も170センチオーバーの長身だった。遺伝子、恐るべし。書影は、藤沢清三と同様に著者に私淑していた西村賢太編で。