『回送電車』堀江敏幸著を読む。何度目だろう。
時々、駅で電車を待っていると、回送電車が通過することがある。当然、中には誰も乗っていない。走り去る無人の車両は、運転士がなぜかロボットに見え、無機的な蛍光燈の淡い光がこぼれ、吊革だけがぶらぶらと揺れ動いている。実は目に見えない人が乗っているとか。何かシュールというか、不思議な気分になる。
回送電車に乗ってその行き先を突き止めたいと思うのは、作者だけではないだろう。満員の急行電車なんかに乗らなきゃいけない時は、なおさら。
どこか懐かしくて、肩肘張ってなくて、この本は、ちょっとひと息つきたい時に読みたいエッセイ集。
それこそ、行きつけの喫茶店で-スタバのような洒落たカフェじゃなくて、スパゲティナポリタンがメニューにあるような喫茶店-ペラペラやりたいよね。
たとえば、『ムーミン』に出て来るスナフキンが、原作だとスナフキンという名前ではなくて、フランス語だと、想像もつかない名前がついている話。
「踊り場」と聞いて、本当に踊る場所だと信じていた子供時代の話。偶然だが、ぼくの子供も階段の「踊り場」を教えてあげたら、そこでダンスの真似事をした。
ぼくの家のクチナシの木にもやってくるオオスカシバの話。ほんとは、ガなんだけど、デカいし、羽音をブンブンいわせるし、ちょっと見はスズメバチと瓜二つででびっくりする…。
パリの書店でミステリー界の女王ルース・レンデルに出くわし、あわててサインをもらう話。
パリの銀行で誤って「モリー・トシフスキー」と小切手帳に名前を刻まれた話。山川方夫の『夏の葬列』に描かれている切ないまでの青空の話。
あ、そうそう、単行本の表紙がまたいいんだよね。言葉の建築家と言われた(ウソ!いま、ここで勝手に命名したんだけど)詩人・北園克衛の写真が使われている。
どんな詩を書いていたのか興味がある人は、近くの図書館へレッツ・ゴー!ま、ネットでもいいんだけど。
ふだん、みんなが感じていることを決して声高でない言い回しで、表現している。行間から文学の良い匂いが立ち込めている。洒脱で粋なヒューモアに満ちている。名人芸だよね。やっぱり、こういうのが、こういう風に、さらっと書けるのは。
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