温故知新の愉しみ方

 

 

『古くさいぞ私は』坪内祐三著を読む。

 

「古くさい」と「古い」は違う。古くさいとは、若いに似合わずシブ好み、オールドファッションであるというニュアンスが多分に込められている。博覧強記の読書狂と言えば、今なら荒俣宏鹿島茂あたりの名前が挙がる。ひと昔、ふた昔前なら植草甚一である。作者は、JJ氏こと植草甚一の強い感化を受けた、いわばJJズチルドレンの一人である。本書のヴァラエティ・ブックというスタイルも、JJ氏に捧げたオマージュと言えよう。

 

まず、作者が足繁く通っている神田神保町の紹介は、楽しく優れた街のエッセイである。挙げられている古書店や喫茶店は、大半がなじみがある。大学時代に通ったり、いまも仕事の打ち合わせの前後にのぞいている店がずらりと出てくる。ガイドブックに持ち歩くには大判だが、作者の散歩コースを真似てみるのも一興だろう。

 

次に、図書館の利用法。本当は、耽溺している作家の全集を揃えたいのだが、スペースも、予算も乏しく、何にもまして妻の視線や叱責が恐ろしい。そんな諸兄に、大いに参考になる。偶然だが、ぼくが何かとお世話になっている図書館のことも紹介されていて、作家全集などの充実ぶりを目の当たりにした時は、金鉱脈を突き止めた山師のような気分を味わわせてくれた(一寸、大仰)。

 

さらに、内田魯庵戸川秋骨淡島寒月など明治時代の作家から永井荷風色川武大、はたまた玄洋社まで作者は数々の著作を通して、色褪せぬ魅力を伝えてくれる。その造詣には舌を巻く。さすが予備校時代から全集の端本を買い漁っていただけのことはある。

 

スタンレー鈴木なる怪しげな近代日本文学研究者が書き記す『スタンレー鈴木のニッポン文学知ったかぶり』は、半分感心させられ、半分笑いながら読んだ。 かと思えば、次には低俗(?)とされているTVに関する蘊蓄(うんちく)を一くさり、など。あれよあれよという間に読了となる。で、気になったところを再読と相なる。

 

本を読むのが好きな人には、たまらない一冊である。

 

作者が早逝して、行きつけの三軒茶屋の書店もなくなってしまった。

 

人気blogランキング