異彩を放つ異才

文字禍・牛人 (角川文庫)

『文字禍・牛人』中島敦著を読む。

 

きっかけは、『言葉の魂の哲学』古田徹也著。

 

池澤夏樹の解説を読むと、漢学者の家系に生まれ、といっても祖父や父親から漢学を手ほどきされてはいないそうなのだが、まあ遺伝なんでしょうか。で、英語にも堪能だったと。

 

その当時の日本文学は自然主義、つーか私小説的なものが主流だったが、興味は惹かれなかったようだ。古今東西の作品をソースに、最先端の欧米文学は原書で読む。


池澤いわく「膨大な教養」から書かれた作品。巧みな本歌取り、換骨奪胎ぶり。奇想、奇譚、変身譚などなど。このあたり、芥川龍之介とつながるものがある。ま、作品を見りゃ一目ならぬ一読瞭然だが。手短に紹介。

 

狐憑
ネウリ部落のシャクは、弟のデックが他部族に惨死されてから、憑りつかれたようにうわごとを言うようになった。それは弟の霊の言葉だった。それ以外にもいろいろな霊の言葉を語るようになった。もともと貧しい部落で一人でも農作業などを怠けると飢えてしまう。語り部となったシャクは、働こうとしない。にがにがしく思っている長老たち。やがて憑き物が落ちたシャク。言い伝えにより、彼は屠られる。シャーリイ・ジャクスンの『くじ』を彷彿させる世界。


木乃伊
ペルシャ王がエジプトに侵入したとき、パリスカスという武将も同行した。初めて訪れた土地なのに、なぜか、初めてでないという不思議な感覚に
襲われる。石碑に刻まれたエジプト文字もなんなく読める。古い墓で一体の木乃伊と出会う。ここでも、また、既視感に襲われる。この木乃伊
なんと彼の前世の自分だった。今の自分と前世の自分が対面する。


『文字禍』
古代アッシリヤの王から図書館に出るという文字の霊の調査を依頼された老博士、ナブ・アヘ・エリバ。まずは霊について書かれた本を読み漁る。本といっても粘土板だが。一日中文字を見つめていると、文字たちが崩壊して読めなくなる。「ゲシュタルト崩壊」を体験する。文字の霊とは何かがわかってきた博士、もう一つの禍(わざわい)に見舞われる。

エジプトは文字の記録にパピルス(ペーパーの語源)、中国では竹簡・木簡を使っていたが、かの地では重たい粘土板だった。


『虎狩』
著者は教師をしていた父親の転勤に伴いソウルで暮らす。それが下地になった作品。私は趙と親しくなる。趙はどこか危ういところがあってつきあうことで刺激を受けていた。彼の父親が虎狩に行くので誘いを受ける。内緒で行く。虎は現れたが、一瞬にして狩られる。

学校の演習で野営した日、日頃から上級生に反抗的だった趙は彼らから制裁を受ける。暴行を受けても心は折れない。彼は、まもなく退学、行方不明となる。

私が大学生のとき、本郷の街で趙を見かける。似た人なのか、本人なのか。ヒュー・ウォルポールの『銀の仮面』を読んだときのイヤな感じと似ている。


にしても、いまだに国語の教科書に載っている『山月記』なんて『虎よ!虎』と同名SFのタイトルに変えても何ら違和感はない。


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