あなただけを愛したい―その思いが

 

 

『オーディション』村上龍著を読む。

 

村上龍がサイコホラーを書くとどうなるのか。

 

主人公・青山は、大手広告代理店から独立し、映像制作会社を経営している。妻に先立たれた彼は、息子のすすめもあって再婚を決意する。再婚相手を友人に依頼すると、なんと架空の映画のオーディションという形式で捜すという大掛かりなものであった。

 

多数の応募者の中から、一人の女性に惹かれる。山崎麻美、24歳。一目ぼれである。陰りのある表情、どこか亡き妻にも雰囲気が似ている。彼女の謎の過去、家族に関しての告白の信憑性などから、友人は彼女をいぶかり、交際が深入りするのを忠告するが、彼は、何度か会っていくうちに、ますます彼女のトリコとなっていく。

 

主人公は、妻への喪失感を彼女の存在で埋めようとしたのだろう。委細構わず、彼女にのめり込んでいく。そして彼女と一夜を共にするが、そこから怖さは加速度を増していく。

 

彼女が欲求したのは、究極の愛、ピュアな愛だった。彼は、愛をまっとうしようとする彼女の餌食になっていく。愛するがゆえに、愛する人を独占したい。二人の愛を二人だけの永遠のものにせんがために。気持ちの針が、反対側に触れると、ストーカー行為などの犯罪に走ってしまう。しかし、その境界線(ボーダー)は、実は薄皮一枚なのだということを深く感じさせた。

 

作者のどの作品にも共通しているが、やはり本作にも、日本や日本人の今の気分が表現されている。怖さを充分楽しめる。また最近薄れつつある親子の理想的な関係にも、珍しく作者の父性をうかがい知ることができる。

 

スティーブン・キングの短編を彷彿とさせる見事なサイコホラーに仕上がった。と結んでしまうのは、ほめすぎだろうか。

 

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