濃厚で芳醇な「瞬篇小説」

 

 

夏至遺文 トレドの葵』塚本邦雄著を読む。

 

短篇小説というと、川端康成の掌の小説、星新一ショートショートなどがある。最近では北野勇作の100字小説なんていうのもある。作者は、「瞬篇小説」と呼んでいたとか。代表的な「瞬篇小説」を収めたそうだ。

 

最初の作品が『禽』
隣の少女が慟哭している。友だちからもらった鴉の雛が死んでいた。少女は親が殺したと言う。やっと泣き止んだ。妻が断水の知らせを告げに行ったら留守のようだ。玄関わきには、薄気味悪い鴉の剥製が夫が、中の様子を見に行くと死臭が漂っていた。川端も真っ青の作品。つかみはOK!いやあ、読んでから、じわじわと怖さや嫌なものが伝わってくる。

 

『トレドの葵』
再び、スペイン・トレドを訪ねた柿崎。昨年、此の地を観光ツアーで来たときには、染色家の灯子がいた。現地に滞在している旗谷青年とも再会。青年は灯子のことを「奥さん」と呼んでいたが、二人は夫婦ではなかった。柿崎は風景よりも風景越しの艶やかな灯子を見つめていた。灯子が失踪した。もしやトレドに来たのではないかと。柿崎の妻、謡子は資産家のお嬢さんで音声学を極めた才媛。イケメンの彼は、金の力で買われた籠の鳥だった。夫のアヴァンチュールを知らないふりをしているのか。彼は妻と離婚して灯子を再婚、ここで暮らすことを決意する。旗谷に日本から電話が来る。灯子は彼女の田舎で亡くなったと…。作者の書く世界は映画で例えるなら、ルキノ・ヴィスコンティって感じだが、この作品は、なぜか、ダニエル・シュミットだ。スペインの古都トレドの風景や自然が細やかに描写されている。伏線回収とかは一切ないので妄想するしかない。

 

スペインの古都トレド 世界遺産

『石榴』
35歳の人妻・彩と23歳の童貞・翔との道ならぬ恋の物語。家は隣同志でさまざまな樹木が鬱蒼と繁茂している。彩が家を出た。元々は、彼女の家で夫の速人は、いわば婿。翔の母親が速人に相談する。翔は高原へ合宿中。二人は、きっと高原で落ち合うと。彩を好きになるように奥手の息子に仕向け、さらに彩に懇願したのは私だと母は詫びる。翔は実は実子ではなく妹の子だった。夫との不義密通で産まれた子。彼女は呪詛を使い、妹を死に至らしめる。母にはさらなる秘密が。彩は戻って来て乳癌の手術を受ける。夫は女遊びをきっぱり止める。それぞれの罪を教会で、石榴聖母の絵の前で告解、懺悔する。

 

石榴聖母聖母 ボッティチェリ


『凶器開花』『三肉叉』の冒頭の短歌(?)を引用。
「三人姉妹三色菫三角州サン・テグジュペリの緋の惨屍体」

「さん」が頭韻で連なるラップのリリックのような短歌。ここを読むだけでも怪しげな世界に誘われる。


食い道楽、呑み道楽、聴き道楽、着道楽、見道楽…。モダンでバタくさいが、決して西洋かぶれや古いもの好きではなくて。和洋折衷というのか作者独自の美意識。毎回、同じことを言うが、旧仮名遣いにルビ付き漢字を駆使した読む者を圧倒する文体。贅沢な耽美感。短歌、歌人の言葉の重み、語彙の豊かさ。


高原英理や大濱普美子などの源流を辿るのも楽しきかな。


皆川博子の解説「我が師 塚本邦雄」は一読の価値あり。


「古典の知識の乏しい身が『梁塵秘抄』『閑吟集』の魅力を知ったのは、塚本師の『君が愛せし 鑑賞古典歌謡』による」


んだそうだ。こちとら、古典はコテンコテンにやられたが、古典の素養、限りなくゼロに近くても、十分に堪能できた。


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