「世紀末」の大英帝国、ダーウィンの進化論が与えた影響

 

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ダーウィン

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ファラデー

昔、書いたのを改訂。

 

子どもの、ものとりにあったような散乱した机の上に理科の教科書が放置してあった。

表紙に二人の科学者の肖像画。一人の立派なひげづらはダーウィンとわかったが、
もう一人の貴族ルック風のハンサム君がわからず、裏表紙をのぞいたら「ロウソクの科学」のファラデーだった。そこで一行ばかし業績を紹介してるんだけど、ダーウィンが「ミミズの研究」で功績があったと書いてあったのには、驚いた。『種の起源』や進化論の提唱者よりもミミズの研究の方なんだ。

 

ダーウィンの世紀末』富山太佳夫を合間に読む。

 

オスカー・ワイルドダーウィンを取り上げていたなど、「世紀末」の大英帝国の「転換期」を迎え、ダーウィンの進化論が与えた影響を実に多彩なアプローチで記しており、溜飲が下がるばかり。

 

神学者や牧師は当然、進化論は神への冒涜だと非難する。一方、政治家などは社会的弱者や障害を持った人々を排除する錦の御旗にしようとする。


ダーウィンの一文を引用。

「野蛮人の場合、肉体あるいは精神の弱い者はすぐに淘汰されるのに対して、生き残る者は強壮な健康状態を示すのが普通である。それに対してわれわれ文明人はこの淘汰のプロセスに歯止めをかけるために最大限の努力をするのであって、知能の劣る者や体に欠陥のある者や病気の者のために施設を作り、救貧法をこしらえ、さらに医者たちはすべての者の命を救うために最後の一瞬まで全力をつくすのである。種痘のおかげで、かつてならば体が弱くて天然痘の犠牲となったはずの幾千の人々が生きながらえていると信ずる理由があるのだ。そのために、文明社会に住んでいる弱者がその子孫をふやしているのである。家畜の飼育にたずさわったことのある人なら、これは人類にとってきわめて危険なことであるのを疑わないだろう」

 

ううむ。ここから、現代がはじまったのか。
ダーウィンの「適者生存の法則」が西欧諸国に及ぼしたものは、やはり大きく、いまだに賛否両論。


ただし、作者は「ダーウィン本人はこの二面性をはっきり意識していたと思われる」と述べている。

 

当時、文化の最先端である英国に、もし、いきなり極東の島国からやってきたら夏目漱石でなくても、めまぐるしく変化するカルチャーギャップと陰鬱な冬の天候でメンタルをやられてしまうだろう。ちなみに漱石は1900年から1902年まで2年間英国留学している。

 

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