システムキッチンのルーツは「20世紀前半のドイツ」だった

 

 

ナチスのキッチン 「食べること」の環境史』藤原辰史著を読む。

作者によると「日本の公団のダイニングキッチン」も「システムキッチン」も
ルーツは「20世紀前半のドイツにたどり着く」。

 

ドイツ人の主婦はキッチンを常に清潔しておくことに厳しいそうで、
極論するとキッチンを汚さないためには料理しなくとも構わないと何かの本で読んだ記憶がある。この本にも出て来る。

 

さて、ドイツのキッチンの変革者として著者は3人の女性を挙げている。

消費者運動の先駆けであるヒルデガルト・マルギス」、「カリスマ主婦のプロトタイプであるエルナ・マイヤー」、「小型キッチンの生みの親であるシュッテ=リホツキ―」

彼女たちは

第一次世界大戦後、テイラー主義*に感化され台所労働の変革を試み、大きな成果を収めてきた」その一つが「労働効率重視の(システム)キッチン」

である。

 

ところがナチスの台頭により、反ナチス的立場の彼女たちは粛清される。

「拷問死を遂げたマルギス、イスラエルに移住したマイヤー、死刑台から生還したシュッテ=リホツキ―」

 

ガスと電気という新エネルギーを活用するシステムキッチンには新しい「台所用具」の開発・提供や簡単で経済性や栄養面にも考慮したレシピの提案、ハードとソフトが一体となって普及する。快適で生産性も向上、まさにキッチン空間は小型工場となった。

 

では、ナチスはキッチンをどう考えていたのだろう。

「食の公共化にあたって、そのプロパガンダのもっとも主要なターゲットは、家庭で、食材の購入、保存、調理を担わなければならない主婦であった。台所は「戦場」、調理道具は「武器」と表現された」

第二次大戦開戦前後、キッチンに立つ主婦たちは銃後の守り、兵士として役立つ健康な若者の育成者としてある意味、マインドコントロールされていたのだろう。

「ナチ時代の台所の公共化」の一つが「残飯で豚を育てる―食糧生産援助事業」だ。
家庭から出た残飯を豚のエサにリユースする。残飯で育った豚を食べる。
当初は順調にいっていたが、戦況が厳しくなって食糧事情が悪化するにつれ回らなくなった。


ついでに-1。ヒトラー以下ナチスの首脳たちはベジタリアンが多かったこともこの本で知った。『健全なる精神は健全なる身体に宿る』ってことなのだろうが、
ゆえにスポーツを奨励した。有名なところではヒトラー・ユーゲント(ヒトラー崇拝若衆)のワンダーフォーゲル。根底に優性思想やアーリア人純血主義があるのだろう。


ついでに-2。ナチスアウトバーンを整備してポルシェ博士に今様のT型フォードのような大衆小型車の開発及び量産を目指した。ネット検索したら記憶違いだった。

アウトバーンヴァイマル共和国時代に造られたそうだ。それで大衆小型車フォルクスワーゲン・ビートルが量産されたのは1945年以降とか。

 

とても重要なことを言っているのはわかるが、裾野が広くていざレビューにまとめると骨だった。

 

*テイラー主義…近代的経営管理論の創始者 F. W.テーラーと彼の仲間とによって開発された管理方法の科学的思考をさす。この考え方は 1910年のいわゆる「東部鉄道運賃値上げ事件」 Eastern Rates Caseにおいて,H. L.ガント,H.エマソン,L.ブランデースなどによって科学的管理法と名づけられ,この事件を契機にしてアメリカ全土に普及した。科学的管理法は,当時労使間の紛争の種となっていた賃率設定の問題に科学のメスを入れ,そこから展開した課業管理にその特質があるといわれている。ストップウオッチを用いて労働者の作業量を測定し,労働者の1日の作業量,すなわち1日の課業を決定し,この科学的に設定された課業を基準にして,労働者の作業の総合管理を可能にする諸制度を考案したのである

 

kotobank.jp


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