恋はアンチエイジングの特効薬

変容 (岩波文庫)

変容 (岩波文庫)

傘をさしながら歩いていると、そこはかとなく金木犀の香りが鼻をつく。
弱く冷たい雨で香りが拡散されているのだろうか。
非科学的表現かも。


『変容』伊藤整著を読了。
「老年」性文学の草分けなのだろうか。
還暦前の日本画家が主人公。妻には先立たれている。
新聞小説の挿画を描くなど、売れっ子画家で蓄財も潤沢のようだ。
古い友人でもある作家の葬儀で久方ぶりに出会った奥方や、
亡き妻の友人、いまは銀座のバーのマダムとなった女性など、
つきあいのあった女性たちの過去と現在が、描かれている。
手っ取り早く言おう。
20代で関係した女性と60歳手前で再び関係してしまう。
かように焼けボックイに火、ではないが、こういうパターンの連続なわけ。
これってどーよ。
いまは、還暦なんていっても精神的、肉体的にも若いけど。
でも、気持ちに比べて肉体の衰えは、抗えないだろう。
若いときの欲情が活火山のマグマなら、
老いたときのそれは、休火山か死火山かも。
終始一貫ビター、苦味にあふれているのは、
この作品の底流にエロスとタナトスが拮抗しているからなのだろう。
香水よりも線香の匂いが立ち込めているような。


例えば女優を例に挙げるまでもなく、
美人でもスレンダータイプは、齢を重ねると、しぼんでしまって
容貌が衰えがちの人が多い。
で、そうじゃないタイプの人は、齢を重ねても、張りがある分、
劣化が激しくないというパターンが多いのでは。
主人公が画家なのか、あるいは作者の資質なのか、
よく顔や身体の変わりようをきっちりと描写している。


なぜこの小説が古びてないのか。
それは、アクの強い女性キャラが多いからなのだろう。
もちろんアク、悪、こっちかな、の強い男性キャラも。
とはいえ、恋はアンチエイジングの特効薬のようだし。


おまけとして廃線が決まった都電が出てくる。
都電の走る東京の描写もなかなかに優れている。
建設予定として東西線が紹介されている。

「私は大手町で地上に出、丸の内一丁目の停留所で
洲崎行きの都電に乗った」

「その電車の乗客たちの様子は、戦前の東京の生活の
ゆるやかなテンポを思い出させた。また細かな計算をして
生計の辻褄を合わせる倹約とか、つましさなどを思い出させた」

勝鬨橋を渡って終点洲崎まで行きたかった。


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