モンスター遣い

東京モンスターランド

東京モンスターランド

遠方の友人から会おうというメールが来る。
で、共通の友人に転送して近況報告。
別の友人から来ないと思ったメールの返事が来る。
4月から通う子どもの学校と友人の子どもの学校が、
偶然、ご近所であることを知る。


仕事は小康状態。
エンジンがすっかり冷え切ってしまった。
ストップ!アイドリングだし。
週明けからバタバタしそう。


『東京モンスターランド』榎本了壱著を読む。
この手の本は、やはり晶文社がふさわしい。
著者とは、大昔だけど、会っている。
名刺交換もした。どこで。池袋パルコで。
たぶん保坂和志が勤めていたカルチャースクールのとある講座で。
先生と生徒という関係。
ビックリハウス』で原田治画伯が描いた似顔絵とそっくりだった。


天井桟敷の仕事をしていたことや
ダンス好きであることは知っていたが、
この本ではじめて経歴を知る。
美学生時代に粟津潔のアシスタントとなって、
寺山修司率いる天井桟敷のポスターなどを手がけるようになる。
ここで、萩原朔美らと知り合う。
パルコの社長・増田通二に渋谷のタウン誌を依頼される。
それが、『ビックリハウス』。
パロディ文化を若者に根づかせる。
糸井重里編集長の「ヘンタイよい子新聞」は、
「ほぼ日イトイ新聞」のルーツ」だと作者も述べている。
セゾン文化の異種だったが、
やがて「日本グラフィック展」などアート志向を強めていく。
んでもってセゾン文化の衰退とともに、独立。
作者が詩を書くこともはじめて知った。
詩人・吉原幸子とのエピソードがとってもブンガク的なエロティック。


作者は自分がプロデューサーと呼ばれることに違和感を感じるそうだ。
たぶん、それは、基礎にグラフィックデザインがあるからなのだろう。
プロデューサーに山師的資質が求められるからかもしれないが。
しかし、山師は鉱山師でもある。新しい鉱脈を発掘する仕事でもあり、
そういう意味では新しい人材、才能を掘り当ててきたのではないだろうか。
この本には、いろんなモンスターが出てくる。
次は、どんなモンスターを発見して遣いこなすのだろうか。


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