なーんか、いろいろ、もろもろ、立て込んでる今日この頃。
本家のWeblog「うたかたの日々」も
無事、回復したようだし。
昨日は、長い長い打ち合わせ。朝の混んだ地下鉄、2系統を利用したのだが
どちらも混雑で遅延。満パイなのか、東京は。
余裕をもって出たんだけど、ぎりぎりセーフ。
今日は、学校系のパンフレット原稿の作業日。
ついでに文字校正も。PDFから出力してPC画面を拡大して、
照らし合わせて細かい文字に目を通す。
ぼくの目は、節穴だったり、ザルだったりする。
プロの校正マンにはゼッタイ、なれない。これは自信がある。
うんうんうなって、ほぼ予定通り、進む。
会津若松の事件は、動機を調べても、解明にはいたらないだろう。
じゃあ何なんだと尋ねられても答えられないけど。
殺人に関する本やホラーのビデオ(DVD?)が自室にあったとかで、
毎度おなじみの悪書・悪映像追放って耳たこ。
ぼくも、高校生のとき、父親とは口をきかなかった。
母親が通訳となっていて、母親とはよくぶつかった。
かなり頭にくるときもあったが、でも、殺そうとは思わなかった。
想像力では殺していたかもしれない。
ただ、親元を離れることのみを考えていた。
といっても、自活とかじゃなくて、ぬくぬくの仕送り生活だったけど。
今朝の朝日新聞は、村の優等生が、その地方を代表する都市の受験名門高校に入学したら、
優等生でなくなって、いわばザセツから不登校になった。
それが凶行の一因のように書いてあった。
過剰な期待が重荷にはなっていたのだろう。
でも、そういうもんだろ、親は。バカな子でも期待はするのだ、一縷でも。
ぼくは、高校時代の成績は見事に下がる一方でザセツを通り越して
どこまで落ちるか、最後には楽しんでいた。
奇跡も、神風も吹かず、受けた大学をすべった時には、
親からえらく落胆、失望された。
東京の予備校になんとか行かせてもらえることになり、いまに至る。
会津若松には5歳まで住んでいたが、記憶はほんの少ししかない。