「今澁澤」って呼ばれてる作者の、小説デビュー作だって。どれどれ

 

 

『塔のない街』大野露井著を読む。古今東西のマニアックな文学に造詣が深くて、翻訳も名手。で、ついに小説を発表。だから、「今澁澤」(新一万円札の人ではない、念のため)という呼称がついたらしい。

 

自身のロンドン留学体験を下敷きに書いた短篇集。いろんなテイストが楽しめ、うほうほ言いながら読んだ。言ってはないけどね。

 

頃は「ルートマスター(二階建てバス)が「引退」した」あたりのロンドン。ネット検索したら、「2005年12月」だった。円安ポンド高のせいで何もかもが高い。家賃もそう。こんな部屋が、高額の値段。まるでバブル期の東京のみたい。何篇かのあらすじや感想などをば。

 

『劇場』
ようやっと部屋を見つけた「僕」。「週210ポンド、光熱費もこちら持ち」。ただし「部屋の改装はまだ途中」。いやな予感。映画を見に劇場へ行ったり、街を人々を漫然と眺めつつ、やり繰りの算段に頭を痛める。大学は出たけれど、定職にも就かず、
えいやっとロンドンへ来て見たが。ここで小説を書きたいと思うが、まだ白紙。それよか部屋の電灯が点かなくなったのをなんとかしなければ…。

 

『窓通信』
「僕」は、部屋の向かいの「建物の最上階」に住む女性の存在が気になりだす。いつも部屋のカーテンを開けている「あなた」へひょんなことで知り合った女の子に何号室かを確認してもらい、手紙を出す。まさかの返信が届く。実は彼女も「僕」の行状を覗き見していた。ヒッチコックの『裏窓』ならぬ相互覗き見。この手紙のやりとりに書かれた文面が、実にチャーミング。合間に紹介される大家のゲスぶりもなかなか。最後のオチが効いている。

 

狂言切り裂きジャック
いきなりハイランドから召集された医師である「私」。謎の男、ハイランドとバディを組んでさまざまな事件の謎に挑んできた。今回は時間移動(タイムスリップ)により1889年・ヴィクトリア朝のロンドン・ホワイトチャペルへ。そこは、かの切り裂きジャックの記念すべき最初の殺人現場だった。そして連続殺人が起こる。それはヤツの仕業なのか、模倣犯なのか。ユダヤ人バイザーに嫌疑がかかるが…。


『 舌学者、舌望に悶舌す』
ロンドンに暮らし始めてから「僕」はイギリス英語で通している。アメリカ英語ではなくイギリス英語を使えないといっぱし扱いされないとか。部屋探しで日系の不動産会社にアポを取り、物件先で待ち合わせる。たぶん年上の日本人の営業ウーマン。半地下の部屋でさえ高い!知り合いの日銀氏はエリート意識が高いが、アメリカ英語を少し話せる程度の語学力。紅茶専門店にいるアルバイトの東洋人の女性。たぶん、日本人と思うのだが、イギリス英語を話す。「僕」は官費で暮らしている官僚や研究者よりも自活している彼女の方に好感を覚える。タイトルの韻の踏み方がいい。

 

『 秋の夜長の夢 ド・ポワソン著』
憧れの地、日本へ長い船旅でやってきたド・ポワソン。案内された上野の旅館で日本情緒を満喫する。襖に何やら切れ端が見える。鳥瞰窟主人という人が書いた詩だった。あ、ひょっとして『四畳半襖の~』の本歌取りか。大英図書館の図鑑に挟まれていたものを訳した「僕」。ド・ポワソンの素性や詩についての考察が書かれるメタフィクション。この手では、田山花袋の『蒲団』へのオマージュ、中島京子の『futon』が面白かったが、本作もうまさが冴える。

 

『おしっこエリザベス』
ガリヴァー旅行記』(小人国篇)と『不思議の国リス』をマッシュアップしたような作品。エリザベスの不可思議な冒険。金子國吉か宇野亜喜良の装画入りのオトナの絵
本で再読したい。

 

『塔のある街』
パリは塔のある街だが、ロンドンは塔のない街。いやいや、漱石でおなじみの倫敦塔があるじゃないか。帰国間近の「僕」。電灯は結局、ダメだった。ようやく修理工が来たが、大家は工事OKの確認の電話に出ない。漱石のように神経衰弱には罹らなかったが、孤独と怒りに「蝕まれた」ことに気づく。「旅行社に就職した」友人が来る。最後に大家へのリベンジの手紙を出す。昔、読んだ中島義道の『ウィーン愛憎』のロンドン版ってとこだろうか。

 

下記の評論が秀逸。

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