温泉好意症―おんせんへ行きたしと思へども

日本一周 ローカル線温泉旅 (講談社現代新書)

 

『日本一周ローカル線温泉旅』嵐山光三郎著を読む。

 

温泉へ行きたい。リゾートだの、ホテルだのは遠慮したいな。性に合わない。旅館がいい。かといって名旅館はごめんだ。肩が凝る。第一、路銭がはなはだ心もとない。心付なんか幾らすればいいのかわからないし、似合わないし。雨風がしのげればいい。

 

でも泉質は良くないとね。源泉なら理想的。お湯割りの温泉、―焼酎じゃないんだから―循環式沸かし湯というのが最近は多いようだ。露天風呂はあってもなくてもいい。贅沢を言わせてもらえば、何軒か共同浴場があって外湯巡りなんてできると言うこと無し。

 

料理もほどほどがいい。だってさほど期待してないもの。せっかく山間(やまあい)の温泉場に来たのに、鮪の刺身なんてお膳に上るとがっかりだし、逆に潮騒が聞こえるのに、刺身が全然美味くなかった伊豆の某温泉旅館というのもあったけどね。

 

ゆっくり浸かって、手足を伸ばす。沈んでいた湯の花が浮いてくる。有効成分が五臓六腑にしみる。合理的な人間からみれば、わざわざ疲れに行くなんて正気の沙汰ではないだろう。ふだんから怠け者でも、働き者でも、温泉は平等に心身ともにグニャグニャにしてくれるのだ。大浴場で体重計で目方を計測して、温泉の成分表を一読してから、浴衣に着替え、キュッキュッと鳴る鴬張りの廊下を渡り、部屋へ戻る。

 

タオルを欄干に干して、冷蔵庫から瓶ビールを取り出す。人はなぜカンカンと王冠を栓抜きで2回たたくのか。ま、そんなことはどうでもよろし。シュポッ。コップに勢いよくビールを注ぐ。水気が無くなったカラカラの体に金色の液体を流し込む。家の風呂だと烏の行水なのに、温泉に来ると、元を取ろうとして何回も入る。そんなに何度も入ったら、耳の穴から脳味噌が垂れてきちゃうよ。手の皮なんかすっかりぶよぶよになって…。

 

なのに、なのに、諸事情によって温泉に行けない時は、(1)銭湯へ行く(2)温泉の本を読みながら、温泉の素を入れた内風呂に浸かる。ラーメンの古いコマソンではないが、♪行ったつもりでぇ~読む温泉本の名著としては種村季弘の「晴浴雨浴日記」や山口瞳の「温泉へ行こう」、つげ義春の温泉紀行漫画あたりが挙げられるが、新しく仲間入りしたのが、本書である。温泉と食と文化を各駅停車でゆっくり巡るなんざ、贅沢の極み。

 

聞くところによると、日本は火山国ゆえ、どんな場所でも掘れば必ず温泉は出てくるとか。ここ掘れワンワンで、石油やお宝の代わりに温泉が出たなんてエピソードは意外と多い。古湯になると、偉い高僧が発見したなんて伝説がゴロゴロ。

 

旅行のパンフレットの仕事で、ガイドブックを読み漁り、日本全国の温泉地のコピーを書いたことはあるけども、機会があれば、ぜひとも、ぼくにとって未踏の地である四国・九州の温泉地を訪ねてみたいものだ。

 

でも、コロナ禍だから、リアル温泉は避けて、温泉の素を入れた内風呂で、この本をもう一度読むことにするか。


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