不器用ですから。不器量ですから

 

 

『事故係 生稲昇太の多感』首藤瓜於著を読む。


『脳男』で江戸川乱歩賞を受賞した作者の受賞後第一作。この受賞第一作というのは、とかく真価を問われるものらしいのだが。おどろおどろしいのか、恐ろしいのかと期待して読んでみたら、裏切られたんだな、これが。良い意味で。

 

主人公、生稲昇太(いくいなしょうた)は、突然死した父の跡を継ぐべく、高校卒業後、警察官となる。父は交番勤務で労苦をいとわず町の人々に親しまれていた。いわば彼の理想の警察官である。彼は、不器用で、不器量。対極的なのがチームを組んでいる先輩の見目。その名の通り見目麗しいハンサムで大学卒、転職して警察官となったが、エリートビジネスマンのように仕事を率なくこなし、昇太が密かにあこがれているマドンナ・大西碧ともつき合っている。

 

見目は、試験勉強に明け暮れ、ひたすら上をめざす。なにせ公務員は試験に受からなければベースアップは望めない。これは、公務員だった父親がぼくに良く話していた。

 

彼の配属先は交通課事故係という、まあ地味なセクションである。昇太は、一日も早く殺人など話題になる事件を担当したいのだが、まずは交通事故の処理。だが、父親譲りの誠心誠意というのだろうか、些細な事故でも原因の追求に躍起になって調べ上げようとする。


一方、省エネチックに、クールに処理しようとする見目。時々、ぶつかり、対立して、あらぬ方向へと事態は進展し、結果的に彼の暴走となり、お叱りを頂戴する。

 

本作は、5つの短篇からなっているが、仰々しい事件はない。ごくごく日常的なドラマを描いている。しかし、知っているようで内実は、ほとんど知られていない事故係の業務内容や警察官の生態、警察署と社会の係わり具合、マスコミ対応などが、実にリアルなのだ。何やらルポルタージュを読んでいるような錯覚に陥らせる。見目以外にも実に嫌な上司、今は落ちぶれているが、昔は切れ者だった退職間近の警察官など、キャラクターが上手いね。

 

あえて仰々しい設定は避けて、一応警察物なんだけど、何の変哲もない。下手すりゃ『さすらい刑事純情派』になりかねない。でも、踏みとどまって、きちんと読ませる。そのあたりに作者の意気込みをみるのだが。

 

面白いなと思ったのは、昇太の容貌のこと。かなりディテールまで書き込んで、醜男(ぶおとこ)ぶりをアピールしている。その容貌がインフェリオリティ・コンプレックスになって、卑屈な性格になってしまったのか。だけど、その卑屈ぶりが、読み手に共感を与えている。

 

ひょっとして作者は「脳」の次は、「顔」を書きたかったのかなと勘ぐってしまうほど。だって、顔の部位は性器をシンボライズしているとか言うじゃない。また、レヴィナス言うところの「顔の皮膚は、最も赤裸々で、最も貧しいままの皮膚である。顔貌には本質的な貧しさがある」。だから、粧(よそお)うのだ。

 

とりあえずミステリーのカテゴリーで、ま、新人警察官の奮戦記であることには違いないのだが、そこに納まりきれないものを感じてしまった。何か裏があるんじゃないのかな。というのは、深読みしすぎか。でも、決して、嫌いじゃない。

 

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