「まだ薔薇が花開いている」

 

秋 (新潮クレスト・ブックス)

秋 (新潮クレスト・ブックス)

 

 『秋』アリ・スミス著 木原善彦訳を読む。

 
彼女、エリザベスが小さいとき、お隣さんのダニエル老人はもう一人の先生で
文学や音楽、アートなどを教えてくれた。
 
「101歳」となっていまや立場は逆転。
老人ホームで眠る彼に足繁く通って本などを読み聞かせる。
 
通常の小説ならば主人公の女性と隣に住む老人の思い出を
彼女が子どものころから時系列で綴っていく。

ところが作者は、読み慣れている小説の躯体をバラバラにする。
もっと自由に、書きたいことを、言いたいことを
キャラクターに吹きこませる。
 
ブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)で混とんとするいまの英国。
「大学の非常勤講師である32歳」の彼女は、高学歴ワーキングプアに属する宙ぶらりんな状態。
母親はいまだ恋などは現役バリバリ。娘の現状を決して喜んではいない。
 
かつて老人は第二次世界大戦中、ドイツの収容所に入っていたという。
戦後の老人とアーティストとの恋バナも盛り込まれる。
さらにYouTubeで老人が作詞し他であろうと思われるCMを見つける。
ブレグジットでデモする人々。何度か国民投票を行なったが、反対派と容認派の意見は
結局一本化しない。
 
バラバラにした小説のピースを新たにはめる。
あらら、梅雨の不快感が吹っ飛ぶ読後感の良い作品に仕上がった。
 
秋というと「収穫の秋」がまっさきに想像するが、「人生の秋」という表現もある。

「木々は裸になっている。―略―しかし、薔薇がある。―略―もう枯れたように見える灌木に、まだ薔薇が花開いている」

 

ギリシャ神話の『パンドラの匣』 の「最後に残っていたのは希望」という一文のよう。
「訳者あとがき」によると「季節4部作」の1作とか。
『春』、『夏』、『冬』。はよ、読みたい。
 
おまけ。
 
「パスポート更新の窓口」で彼女は実に融通の利かないお役所的対応に閉口する。
イギリスでもそうなのかと深く同情した。
 
『半分になる』アリ・スミス著 木原善彦訳のレビュー