薄磯海岸

社会人になって最初か二度目の夏休みだったか。
父親がいわきに転勤になってたので、7月下旬、民宿代わりに帰省した。
朝、母親に大き目の梅干のはいったおにぎりと冷えた麦茶、
シート、ミステリーの文庫本などをバッグに入れ、
官舎から平駅前まで坂道を下っていった。
「薄磯海岸」行きのバスに乗る。
映画だと途中から展望が開け、海岸線沿いをバスが走るが、
実際、海はなかなか見えず、バス停から歩いて
ようやく海水浴場にたどり着いた。
波は意外と高く、黒い砂の上にシートを広げ、寝転んだ。
波の音が心地よい。
海に浸かっては寝転ぶ、文庫を読む。
缶ビールを海の家で買って飲んだ。
おしゃれなビキニ娘も、金持ちそうな有閑マダムなんていやしない。
夏の日の恋など淡くは期待したが、叶わず、
ミステリーも途中で間延びして頓挫した。
短い昼寝をしている間に、肌がうっすらと赤く陽に焼けた。
海を眺めているだけでも、夏を独り占めしている気分だった。


地震による津波で薄磯海岸も景観が一変した。
というか消滅してしまった。自然も町の歴史も住民の暮らしの匂いも。
犠牲者も多数出た。新聞の死者の住所に「薄磯」の文字を連日見た。
ネットでの画像や映像を見たが、ひどいものだ。
放射能という悪魔に取り憑かれた福島県。
天災と人災の複合災害。


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