ある夜の出来事

 

 

『あやめ鰈ひかがみ松浦寿輝著を読む。

 

一夜に偶然、うっすらと関わりあった三人の男の物語。こんな構成の映画を見たことがあると思ったら、そうだった、ジム・ジャームッシュの『ナイト・オン・ザ・プラネット』だった。あの映画は、世界の都市で同じ時間帯にタクシー内で起こった出来事をリンクさせていったが。

 

象徴的なタイトルが洒落ている。しかし、例によって新しい東京は出て来ない。埃っぽくて、ゴミゴミしてて、狭くて、汚くて、でも、なんかほっとする。日中わずかに陽が射す時間には、どこからともなくネコがやってきた路地で集会を始めるような、そんな取り残された場所と人生から降りてしまった男と女たち。

 

『あやめ』では、かつて野球部でバッテリーを組んでいた男と飲む約束をする。しかし、男は現われず、幼馴染の女性が開いているバーを尋ねる。その場所は、男が住んでいた家だった。既視感(デジャビュ)を覚えた。昔の会社の上司の中学時代の同級生が、銀座の片隅に小さなバーを開いて、何度か連れて行かれたことがある。都会の喪失感を苦く描いている。

 

『鰈』は、いかんともしがたい初老の男の話。築地で購入した鰈の入ったアイスボックスを入れて地下鉄に乗り込む。現実なのか、夢なのか、妄想なのか。走る地下鉄の中で男の頭の中は、過去と現在、現実と非現実が錯綜していく。

 

ひかがみは、つぶれたも同然のペットショップを経営している男がバーの若い女の子に惚れられる話。睦み合っていると、若い女ひかがみが、大きな口を開けて獲物を丸呑みする蛇のように見えるシーンが圧巻。

 

闇と翳と湿り気を帯びた世界。沈んだ黒ではなく、てかりやぬめりや艶のある黒。読んでいて、デヴィット・リンチとデヴィット・クローネンバーグ、二人のヘンタイ(失礼!)監督の映像をイメージしてしまった。漫画だったら石井隆宮谷一彦かな。どうしてこうも裏ぶれた破滅型の人間にひかれるんだろう。

 

困った、困った、どっぷりと浸ってしまった。


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