バイバイ日本。ようこそアジア

クミコハウス (新潮文庫)

『クミコハウス』素樹文生著を読んでバリ島へ行ったことをふと思い出した。

 

ぼくたちは、レギャンの雑踏やクタビーチの物売りとの値引き交渉にも、ちょっとヤになってきて、オートバイでバリ島冒険旅行に出かけた。出発して6時間あまり。途中、道端で売られていた生のマンゴスチンをたらふく食べた。ジューシーでフルーティーでエロティック。果物の女王の名称はダテじゃないと思った。

 

峠を上る。上るに連れて、ライステラスは小さくなり、やがてただの荒地になる。風が冷たくなる。霧が立ち込め、エサでももらえると思ったのだろうか、サルが何頭か現われる。ニホンザルと違い、そのご尊顔は、実に敬虔、宗教家か哲学者のようにも見える。バリでは、サルもスピリチュアリティが高いのかと、半分マジで考えた。

 

下る、下る、うねりながら、下る。ようやく平坦な道が続くようになった。道の両サイドには、大きな樹木が植えられている。赤い屋根の町並みが見え始めた。ヨーロッパを思わせる風景。それがバリの古都シンガラジャへの到着を物語っていた。バリは旧オランダ領だった。

 

シンガラジャに着いたとたん、激しいスコールに襲われた。4人みんなズブ濡れになったが、とても心地よかった。さびれた繁華街。そこでバイクに乗った二人組の少年がぼくたちに声をかけてきた。どうやら客引きをしていたらしい。宿は決めてなかった。いずれにせよ、バンブーでできたロスマンかなんかに泊まることにしていた。彼の先導のもと、ついていく。幹線から水田沿いの道を10分も走ったろうか、海沿いの家に着いた。どうやら、彼の家らしい。母屋兼レストランの先にロスマンが3軒並んで立っていた。

 

目の前は海だったが、高い波が押し寄せていた。白いサンゴが堆積してできたビーチ。遠浅のぬるい海にしばらく浸かっていた。物売りなんて皆無。マッサージや「ミチュアミ(三つ編み)、ミチュアミ」と小うるさいオバサンもいない。なんだか物足りない気がした。

 

ディナータイム。外のテーブルで、ろうそくと懐中電灯の灯かりのもと、少年の母親のチキン料理-すぐさま絞めたものらしい、皿の上には鶏の生首が載せられていたが、誰も手をのばしはしなかった-と街で仕入れてきたスピリット系の地酒をあおり、トカゲの鳴き声を子守り歌に、眠った。ホットシャワーなんかあるわけないだろ。昼の暑さがウソのように涼しくなっていた。夜、小便に起きたら、星がものすごかった。長い棒で突ついたら、星が落っこちてきそうなほど。間近に見えた。

 

翌朝、別れしなに、おばさんは小さいバナナ一房とバナナの葉っぱに包んだものをくれた。宿賃は、むちゃくちゃ安かった。ただし、仲間二人が、虫に刺されて、ぶっくり腫れて、翌々日、ホテルにドクターの往診を頼んだら、結構な治療費をふんだくられたが…。そのドクターがジェームス・ブラウンにそっくりで。

 

帰路は、ちょうどバリ島を半周することになる。走っても、走っても、オートバイのエンジンタンクに貼ってある地図の町や村にはなかなか辿り着かない。リアルR.G.P.だ。


早めに昼食を取ることにした。バイクを止め、草原の上に腰を下ろす。おばさんからの包みを開ける。中には、ナシゴレン(焼き飯)が入っていた。水田にいる牛を見ながら、ナシゴレンをつまみ、バナナをほおばった。残りわずかになったアクア(ミネラルウオーター)を回し飲みする。記念撮影をした。牛の首についている木製のカウベルがカラコロとのどかに響く。

 

てなことを、この本は、思い出させてくれた。

 

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