『チャンピオンたちの朝食』カート・ヴォネガット・ジュニア著 浅倉久志訳 を読む。
覚えている。アメリカで発売されるや否や若者たちから熱狂的な支持を受けたことを。
で、この作品は縁が無くてようやく初読となる。
「訳者あとがき」によると、インタビューで作者はこう述べている。
「『スローターハウス5』と『チャンピオンたちの朝食』は、もとは一つの本だったが、―略―水と油のようにどうしても混じり合わない。そこで上澄みをすくったのが『スローターハウス5』で、あとに残ったのが『チャンピオンたちの朝食』だ」
『スローターハウス5』がいわゆる白ヴォネガットなら、この本は黒ヴォネガットだ。
売れないSF作家キルゴア・トラウトとカーディーラーのドウェイン・フーヴァーが出会うまでの話。なんだけど、そこにさまざまな話が挿入されている。あらすじを紹介しても、この本の魅力は伝わらない。
多用されたヴォネガットのヘタウマな自作イラストがキービジュアルというか話の扉になっている構成。中身はアメリカをはじめ現代文明の批判や風刺だったり。アメリカの毒気たっぷりのスタンダップコメディを思い浮べた。
当該箇所一部引用。
「体の中に有害化学物質を持っているということに関しては、ドウェインはけっして孤立した存在ではない。歴史上にも仲間が大ぜいいる。たとえば、彼自身の生きていた時代でいうと、ドイツという国の人びとは、しばらくのあいだ、有害化学物質漬けになったために、何百万もの人間を殺すのを唯一の目的とした工場を、いくつも実際に作った。殺される人間は鉄道の列車で運びこまれた。ドイツ人が有害化学物質漬けだったころ、彼らの国旗はこんなかっこうをしていた」
(イラスト ハーケンクロイツの国旗)
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「病気がよくなってからのドイツ人の国旗は、こんなかっこうをしている―」
(イラスト 現行ドイツの国旗)
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「病気がよくなったあと、ドイツ人は安くて長持ちする自動車を作り、この自動車は、全世界の、とくに若者のあいだで人気を呼んだ。それはこんなかっこうだった―」
(イラスト フォルクスワーゲン ビートル)
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「人びとはそれを“カブト虫”と名づけた。本物のカブト虫は、こんなかっこうをしている―」
(イラスト 本物のカブト虫)
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「機械のカブト虫を作ったのはドイツ人である。本物のカブト虫を作ったのは宇宙の創造主である。」
SF作家キルゴア・トラウトの小説内小説が面白くて。
しまいには、ヴォネガット自身も登場するスラップスティック・メタメタフィクション。決して読みやすいとは言えないが、そのポップさ、ひねくれ具合を味わおう。
ちなみに表紙のイラストは電気椅子だとか。
本作をタランティーノの映画のようだと書いているレビューがあったが、ぼくはゴダールの映画のようだと思った。ふと文化人類学者、デヴィッド“ブルシット・ジョブ”グレーバーにもつながるブラックユーモアだとも感じた。